Coming out

親が結婚しろってうるさいんですよね。
美貌の青年、律が不満そうに口を尖らせている。
もうそんなことが似合う年齢ではないのだが、律だと可愛く見えるから不思議なものだ。

小野寺律と木佐翔太、吉野千秋は、都内某所のカフェにいた。
時刻はそろそろ夜から深夜に変わる時間帯。
そして3人の前には、色鮮やかなカクテルのグラスがあった。
つまり彼らは、ちょっとオシャレな飲み会中なのだ。

俺のところも同じような感じ。
誰か良い人はいないのかって、電話の度に言われてます。
律の結婚話に頷いたのは、吉野だった。
そして「木佐さんは?」と話題を振る。

俺んとこは、ないかな。
親もこういう性癖を察してるから、敢えて触れてこないよ。
それどころかもう長いこと実家に帰ってないし、電話もしてない。

木佐がため息をつきながら、一気にグラスの中のカクテルを飲み干す。
そしてウエイターを呼び「同じの、もう一杯」と告げる。
すると律と吉野も「こっちもお願いします」と便乗した。

彼らの共通点は2つ。
人気少女漫画誌「エメラルド」の関係者であること。
そして恋人が同性、つまりBLカップルの片割れであることだ。

最初は全員、自分の恋愛を人には隠していた。
だが彼らは付き合いも一緒にいる時間も、それなりに長い。
つまり自然にバレたのだ。
それでも最初は気付かない振りをしていた。
だが次第にそれも面倒になり、隠すこともなくなり。
そして今ではこうしてBL談義をするまでの仲になった。

でも一番大変なのは、やっぱり律っちゃんだよねぇ。
代々社長は世襲って会社の御曹司なんだから。

運ばれてきた新しいカクテルで乾杯をした後、木佐は気の毒そうに律を見た。
吉野も「大変ですねぇ」と同じような表情になる。
律はそんな2人の視線を受け止め「ハァァ」とため息をついた。

実は次に実家に帰った時、カミングアウトしようと思ってます。
律は思い切って、打ち明けた。
すると木佐と吉野の「えええ~!?」と驚く声がハモった。
彼らにとっても、決して他人事ではない。
恋人と別れる意思がない以上、いつかは親に打ち明けなくてはならないのだ。

普通の家に生まれてたら、隠すって選択肢もあったかもしれません。
だけど俺は結婚して、子供を持つことをまったく考えてないんです。
だとしたら早く伝えないと、会社も混乱しちゃいますよ。

真剣な律の口調に、木佐も吉野も息を飲む。
一瞬の間の後、吉野が「俺、庶民の子でよかった」と呟いた。
だが微妙な表情になる律に慌てて「ゴメン!」と手を合わせる。
思わず心の声が漏れ出てしまったのだ。
律は肩を竦めると「気にしなくていいですよ」と苦笑した。

横澤さんも来ればよかったのにね。
何となく重い空気になったのを変えようと、木佐が話題を変えた。
そう、同じBL仲間の横澤隆史も誘ったのだ。
だがすげなく断られたのだ。
横澤曰く「俺だけビジュアルの系統が違うだろう」とのこと。
確かに小柄で線が細い3人に比べて、横澤は「暴れグマ」の異名を持つ男だ。

あそこも俺とは違う意味で大変じゃないですか?
律がそう言いながら、カクテルを飲む。
木佐は「確かになぁ」と頷く。
横澤の恋人には亡き妻との間に娘がいるのだ。
いつまで父の親しい友人で年頃の娘をごまかせるのか。
それがそれで大変なことだと思う。

あ、すみません。同じのもう1杯。
木佐がまたカクテルを飲み干すと、ウエイターを呼び止めた。
吉野もすかさず「あ、俺も」と続く。
だが律も頼もうとした瞬間、木佐が「律っちゃんはもう終わり!」と叫んだ。

え~?俺ももう1杯飲みたい!
ごねる律だが、木佐も吉野も首を振った。
なぜなら律は絡み酒グチ派、美人のくせに酒癖が悪いのだ。

俺たちもあと1杯だけだから。
そうだね。それでお開きにしよう。
木佐と吉野は律を宥めると、新しいカクテルに口をつける。
こうして楽しいひとときはあっという間に過ぎていったのだった。
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