Marriage Blue

何、それ~!!
千秋は思いもよらない大事件に、絶叫していた。
物語ならありがちだが実際には起こりそうもない、嘘みたいな本当の話。
だがそれがまさに今、千秋の身に降りかかろうとしていた。

吉野千秋の実家は、吉野ファクトリーという会社を営んでいる。
名前だけは偉そうだが、社長の父親と経理の母親、そして職人が数名いるだけの小さな工房だ。
千秋もまた職人の1人であり、オーダーメイドの家具を作っている。
我ながら筋は良い方だと自負しており、職人としてもっと経験を積みたいと思っている。

だが現実は甘くない。
吉野ファクトリーは零細企業なのだ。
今は安くてオシャレな家具が世の中に溢れている。
例えばスウェーデン発祥で、日本でも人気の世界最大の家具量販店とか。
またはテレビCMで「お値段以上~♪」などと謳っている家具とインテリア販売の会社とか。
そんな中で「一生モノ」とか「世界でただ1つ」という武器は弱い。

会社の経理はいつも火の車だ。
千秋が子供の頃から、何度も危機はあったらしい。
だが今、未だかつてない深刻な状態なのだそうだ。
このままでは従業員に給料が払えない、もう会社を畳むしかないのか。
そんなことを考えているとき、まさに救いの手が差し伸べられた。

千秋の妹、千夏に見合いの話が来たのだ。
しかも相手は、超優良企業の社長令息。
千夏はその話を受けて、トントン拍子に婚約まで漕ぎつけた。
そして吉野家には結納金という名目で、会社を立て直せる程度の金が渡された。

なぁ千夏、本当にいいのか?
千秋は妹にそう聞いた。
降ってわいた見合い話に、両親は困惑していた。
それでも一応千夏に話をして「嫌ならことわっていいから」と何度も念を押した。
だけど千夏はあっさりと「嫌じゃないよ」と言った。
それでも納得いかない千秋は、聞かずにはいられない。
だって自由奔放な妹に、見合いなど似合わないのだ
だが千夏は「大丈夫だって!」とカラカラと笑った。

実は彼氏と別れたばっかりでさ。
お見合いでステキな人と会えて、超ラッキーだよ!
それを聞いた千秋は、ホッとしていた。
吉野ファクトリーのために犠牲になるわけでないなら、それでいい。
千夏は大事な妹、幸せになって欲しい。

だが事件は結婚式を数日後に控えた日に起こった。
千夏は誰にも行き先を告げずに、忽然と姿を消したのだ。
たった1枚、走り書きの手紙を残して。
ごめんなさい。やっぱり好きでもない人と結婚はできません。
右上がりの丸い字は、間違いなく千夏の筆跡だった。

どうするの?結婚式!
千秋は驚き、父と母にそう聞いた。
もう結婚式は目前であり、招待状も発送済だ。
うちはともかく、向こうは大企業。
招待客の中には、政財界の大物なんかもチラホラいたような気がする。
婚約者が逃げましたなんて、シャレにもならない。
吉野家としては、どれだけ詫びたところで済まないだろう。

それなんだけど。千秋。
思いのほか取り乱していない母が、上目遣いに千秋を見た。
千秋は何だか嫌な予感がして、背筋をゾクリと震わせる。
すると父がいきなり「すまない、千秋!」と頭を下げる。
いつも職人としての千秋には叱責ばかりする父からは信じられないほどの豹変だ。

悪いが、千夏の代わりにお前が結婚してくれ。
父が小さく、だがきっぱりとそう言った。
千秋はたっぷり20秒ほど呆然とした後で「何、それ~!!」と絶叫していた。
間違いなく千秋は男なのだ。
どうして妹の代わりに、男と結婚などできるのか。

安手のBL小説なら、ここで身代わりの千秋が花婿と恋に堕ちるのかもしれない。
だけどそんな安易な展開になるとは思えない。
そもそも男同士の結婚なんて、この国では認められていないじゃないか!

物語ならありがちだが実際には起こりそうもない、嘘みたいな本当の話。
だがそれがまさに今、千秋の身に降りかかろうとしていた。
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