Character

そろそろ帰ろう。送るよ。
律がそう告げると、杏はあからさまに不満そうな顔になる。
だが律は気付かない振りで「お母さんが心配するだろ?」とダメ押しをした。

小野寺律は18歳。
都内の有名私立高校の3年生だ。
成績優秀、容姿端麗、いわゆる少女漫画の王子様系の美男子。
だがそれを鼻にかけるようなこともない、優しい爽やか少年だ。
男女問わず人気があり、アプローチをかけてくる女子も後を絶たない。
それでも特定の恋人を持つことなく、明るく楽しい高校生活を送っている。

そんな律には、恋人と思われている存在がいた。
同じ学校に通う1つ年下の幼なじみ、小日向杏である。
クラスメイトたちは茶化して「恋人だろ?」などと聞いてくる。
律が「そんなんじゃないよ」といくら否定しても「またまた~」と返されてしまう。

杏が律を好きなのは、バレバレだった。
律と喋る時にはいつも頬を赤く染めて、照れたような顔をしているからだ。
誰が見たって「恋してるフラグ」がしっかり立っている。
そして事あるごとに律を見上げて、何かを促すような素振りを見せる。

これは俺が告白しなければならないパターンなんだろうな。
律はそう考えて、こっそりため息をついた。
理屈ではなく、わかっているのだ。
ここは恋に堕ちなければならないシチュエーションだということは。
だけどどうしてもその1歩が踏み出せない。

今だって図書館で一緒に勉強をして、家に帰る途中だった。
杏は手を繋いでほしいのだろうし、何ならこのまま朝まで一緒にいてもいいと思っている。
だが律は「そろそろ帰ろう。送るよ」と告げた。
杏はあからさまに不満そうな顔になる。
だが律は気付かない振りで「お母さんが心配するだろ?」とダメ押しをした。

律っちゃんは紳士ねぇ。何ならキスくらいしたってかまわないのに。
杏を送り届けると、杏の母はそう言って笑った。
杏が「もう。お母さん!」と頬を膨らませながら怒るのはもはやお約束だ。
そして自分の家に戻ると、今度は律の母が「杏ちゃんとはどうなってるの?」と詰め寄って来る。
親同士も親しい幼なじみは、こういうときやっかいだ。

まったく何なんだよ。
自分の部屋に入るなり、律は思いっきり悪態をついた。
優しい律っちゃん、爽やか律っちゃんは、あくまでも表向きだ。
別に無理矢理、好青年を演じているわけではない。
ごくごく自然に自分の部屋に入ると、性格が変わるのだ。
それがいつも1人きりの時だから、誰にもバレないだけだ。

ったく、何だってんだ。
この杏ちゃんと恋に墜ちなきゃならなくなってるこのシチュエーション。
確かに杏ちゃんは可愛いけど、だから何だってんだ!
少女漫画じゃあるまいし、そんなに簡単に恋愛なんかできるか~!

律がブツブツと呪いのように、恨み言を呟き続ける。
すると背後から「すみません」とあやまる言葉が聞こえる。
驚き、振り返った律は「うわわ!」と声を上げながら、尻餅をついた。

立っていたのは、見知らぬ青年だった。
おそらく20代半ば、律よりも年上だ。
可愛らしい顔立ちと言えなくもないが、ボサボサの髪とヨレヨレの部屋着。
律は見るからに野暮ったいその青年に「オジサン、誰だよ!」と叫んだ。

オジサンって傷つくなぁ。これでもギリ20代なんだけど。
青年は拗ねたように頬を膨らませた。
それを見た律は「オジサン、キモイよ」と容赦なく言い放つ。
青年は「うわ。またオジサンって言った!」と文句を言った後、律に「初めまして」と頭を下げた。

吉野千秋って言います。君が主人公の少女漫画を描いています。
笑顔で意味不明なことを言う青年に、律は「ハァァ!?」と声を上げる。
何を言っているのか、よくわからなかったのだ。
だが青年は動じることなく、さらにとんでもないことを言った。

ここは俺が描こうとしている漫画の中の世界なの。
君は俺が作ったキャラクターなんだよね。
でも君、いくら杏ちゃんに恋をするように仕向けても、少しも墜ちてくれないからさ。
だからどうしたものか相談しようと思って、来たんだけど。

何、それ!?
律は吉野という青年の顔をマジマジと見た。
漫画の中だとか、キャラクターだとか、ふざけているとしか思えない。
タチの悪い夢だと思いたいが一向に目覚める気配もなく、律はただただ途方に暮れた。
1/10ページ