ひな祭りのサンタクロース

それじゃ行ってくる。
羽鳥が部屋を出て行くのを、吉野はベットの上で見送った。

ピザの宅配が縁で出逢い、恋人同士になった吉野と羽鳥。
今ではほぼ半同棲状態、毎日どちらかの部屋で熱い夜を過ごす関係だ。
いっそ同棲してしまった方が、時間的にも経済的にも楽なのだと思う。
だがお互い大学生、親のすねを齧っている身分だ。
特にバイトをしている羽鳥と違って、吉野は齧りまくっているのだ。
そんな状態で恋人と同棲なんて言ったら、親に張り飛ばされそうな気がする。

羽鳥はずっと宅配ピザ店でバイトをしている。
綺麗な顔をしているくせに不愛想な羽鳥が、よくも接客を選んだものだと思う。
だけど本人は「俺の性に合ってる」と言う。
バイクで動き回るのは嫌いじゃないらしい。
客と接するより1人で移動する時間の方が長いので、気楽だとも言っていた。

だが今年に入り、羽鳥はバイト先を変えた。
同じ宅配ピザのチェーン店だが、最近オープンした別の店舗に移ったのだ。
これが意外と簡単ではないらしい。
何しろ場所が変われば、配達区域も変わるのだ。
新しい場所を覚えなければならないのは、なかなか面倒だと思う。

そっちの方が、時給がいいんだ。
羽鳥はそんな風に言っていたが、実は違うのだと思う。
実は以前の店舗には、吉野も短期バイトで働いたことがある。

そこで知ってしまったのだ。
一之瀬絵梨佳というバイトの女性が、羽鳥を好きであることを。
しかもどういうわけか、吉野と羽鳥が恋人同士であることを看破してしまった。
そして奪い取ってやると、意気込んでいた。

羽鳥が店を変わったのは、そんな時期だ。
吉野は羽鳥が一之瀬と距離を取ってくれたのだと思っていた。
なぜならそろそろ就職活動に入るため、羽鳥はバイトを辞める。
そんな羽鳥が今さら時給目当てに、店を変わる必要などないのだ。

優しくて愛情表現が不器用な恋人は、夜は獣に変身する。
時に激しく、時にねちっこく、総じて濃厚に。
ピザの配達で鍛えた体力は、伊達ではない。
インドア派を自認する吉野は、翻弄されるばかりだ。
結局朝、起き上がれずに、ベットから羽鳥を見送ることが多くなった。

今日はひな祭りだからな。
身支度を終えた羽鳥が、未だにベットに沈む吉野にそう言った。
吉野は「へ?」と間抜けな声を上げる。
すると羽鳥が「昨日、言っただろ?」と不機嫌な顔になった。

昨日?そう言えばひな祭りがどうこう言っていた気がする。
だけどはっきり言って、記憶が飛んでる。
なぜならそれは情事の真っただ中だったから。
体力も余裕もたっぷりな羽鳥とは違い、吉野は心も身体もメチャメチャに揺すぶられるのだ。
とてもじゃないが、何を言ったかなんて覚えてない。

えーと、ひな祭り、パーティだよね?
当てずっぽうでそう言ってみると、羽鳥の眉間からシワが消えた。
どうやら正解だったらしい。
羽鳥は「そうだ。それじゃ行ってくる。」と軽やかな足取りで出て行く。
それを吉野はベットの上で見送った。

羽鳥はイベント好きだ。
クリスマスやバレンタインだけでなく、何だかんだでパーティだと言う。
そして店のピザを持ってきてくれるのだ。
そうすることで、放っておけば部屋に籠りがちになる吉野を楽しませてくれようとしている。

やっぱり優しいよな。
吉野のひとりごとが、他に誰も居ない部屋に静かに響いた。
こうして男同士の恋人たちによる女の子のお祭りの日が始まったのだった。
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