2年目のサンタクロース

私、羽鳥君のことが好きなんだ。
秘密を打ち明けられた吉野は「へ?」と間抜けな声を上げている。

季節は廻り、また冬。
羽鳥芳雪が吉野千秋に出逢って、まもなく1年になる。
昨年のクリスマスイブ、宅配ピザのアルバイトで羽鳥がピザを届けた先が吉野の部屋だった。
その時吉野は風邪を引いて寝込んでおり、羽鳥はいろいろと世話を焼くことになり、2人は恋に堕ちた。

羽鳥は相変わらず、宅配ピザの配達のバイトを続けている。
だが今年のクリスマスイブは、アルバイトを休んだ。
秋から一緒に暮らし始めた部屋で、2人きりでパーティをしたのだ。
それは本当にささやかだったけど、この上なく幸せだった。

ねぇ、トリ。俺もトリの店でアルバイトできないかな?
吉野が急にそんなことを言い出したのは、クリスマスの1週間ほど前だ。
12月24日と25日を休む代わりに、その前後はバイト漬けだ。
忙しいクリスマスの2日間に無理を言ったのだから、シフトをガッツリと入れられても仕方ない。
そんな羽鳥を見て、吉野は何かを考えたらしい。

無理だ。羽鳥は即答した。
なぜなら吉野は、運転免許を持っていない。
普通免許や二輪免許だけでなく、原付免許さえないのだ。
つまりピザを届けることはできない。
じゃあ店内スタッフかというと、それもどうかと思う。
何しろ手先が不器用で、料理の才能は皆無なのだ。
作る方だって、無理に決まってる。
だが羽鳥の予想は、見事に裏切られた。

え~?とにかく、聞いてみてよ!
吉野に強請られたので、一応店長に聞いてみたところ、あっさりとOKが出た。
最近は調理以外の店舗スタッフも不足しているのだ。
吉野に割り当てられたのは、電話で注文を受けたり、店舗で客の応対をしたりする仕事だ。
最近は宅配でなく店舗でピザを受け取ると割引するサービスがあるので、宅配員以外も忙しいのだ。

かくして2人は同じ店でバイトすることになった。
羽鳥としては、微妙な気分だ。
ピザを届けた後、店に戻った時、吉野が笑顔で「おかえり」と迎えてくれるのは嬉しい。
だけど羽鳥は吉野に隠していることがあった。
知られたくないのだが、同じ店でバイトをしていたら、いつかはきっとバレる。

そしてクリスマスも過ぎて、いよいよ今年もあとわずかとなったある日。
配達から戻った羽鳥は、バイトの休憩部屋に入ろうとした。
その時にドアの内側から、話し声が聞こえてきたのだ。
1人は吉野、そしてもう1人は店舗スタッフのアルバイトの女子大生だ。

羽鳥君って、彼女いるのかな?
・・・何で?
彼女の問いに、吉野が答える声がする。
これはまずい。早く止めなければ。
羽鳥は慌てたが、間に合わなかった。

私、羽鳥君のことが好きなんだ。
彼女が吉野に恋心を打ち明けたのだ。
秘密を打ち明けられた吉野は「へ?」と間抜けな声を上げている。
羽鳥は完全に休憩部屋に入るタイミングを失って、ドアの外に立ったままでいた。

これが羽鳥が吉野に隠していた秘密だった。
彼女、一之瀬絵梨佳は、羽鳥に恋をしているのだ。
羽鳥はそれに気付きながら、気が付かない振りを続けていた。
吉野が同じ店でバイトをするのを躊躇ったのは、これが最大の理由だった。

さて、困った。
休憩室に入れば、会話を聞いてしまったことがバレてしまうだろう。
かと言って、ここを離れることも躊躇われる。
一之瀬が吉野に余計なことを言って、変なことになりはしないかと思うと、ヒヤヒヤする。

羽鳥、付き合っている人、いるよ。
不意に吉野の声が聞こえた。
そして一之瀬が「嘘!本当に?」と聞き返している。

相手は羽鳥にベタ惚れだよ。羽鳥も、多分好きだと、思う。
吉野の言葉に、羽鳥は思わず頬を緩ませてしまう。
相手がベタ惚れ、それはつまり吉野本人のことだろうからだ。
だが吉野が、肝心の羽鳥の気持ちを「多分」などと言ったものだから、一之瀬が食い下がる。

羽鳥君はそれほどでもないの?相手ってどんな子?
一之瀬に詰め寄られた吉野の困惑が、ドア越しに伝わってくる。
さすがにそろそろ割って入らないとまずいか。
羽鳥がドアに手をかけようとした瞬間、とんでもない言葉が聞こえて来た。

その子の名前、吉川千春っていうんだ。
吉野の言葉に、羽鳥は思わずズッコケた。
何を言いだすんだ、馬鹿!それにどんだけ芸のない偽名だ。
羽鳥はまたしてもドアを開けるタイミングを逸した。
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