Pizzeriaのサンタクロース

吉野千秋は「うう」と唸るような声を上げて、身体を起こした。
身体がだるくて、節々も痛む。
その上熱もあるみたいだし、喉も痛いし、鼻がグスグスする。
これ以上ないってほど、風邪の症状がてんこ盛りだ。

よりによって何でクリスマスイブにと思ったが、関係ないかと思い直した。
彼女がいるわけでもなく、何か約束があるわけでもない。
むしろ健康で独りきりのクリスマスの方が寂しいかもしれない。
こうして熱に浮かれた状態で過ぎてしまった方がマシな気もする。

吉野はベットから降りて、キッチンへと向かう。
独り暮らしの狭い部屋はこういう時にはありがたい。
ベットから冷蔵庫まで、フラついた足でも数秒で移動できる。
だがせっかくたどり着いた冷蔵庫の中はほとんど空だ。
仕方なくミネラルウォーターのペットボトルを取り、ゴクゴクと飲む。

何か食べておいた方がいい気がするけど、買いに行く元気もない。
そもそも風呂に入らないと、外出は無理だろうってほど汗をかいている。
途方にくれたその瞬間、目に入ったのは宅配ピザ店のチラシだった。
ポストに放り込まれていたのをテーブルの上に置いて、そのままにしていたのだ。

俺のずぼらさがこんなところで役に立つとは。
吉野は自分で自分に呆れながら、ピザ店に電話をかけた。
頼んだのは一番小さくて、安いピザ。
配達員がサンタクロースの衣装を着ていて、少しだけクリスマスっぽい気分になった。

次の日も熱は下がらず、吉野は再び同じ店に電話をした。
頼んだ品物も同じ、一番安いピザだ。
するとピザを届けに来た配達員が「薬は飲んだんですか?」と聞く。
驚いた吉野だったが「飲んでいません」と答えた。
食べ物すら何もないのだ。
薬なんてあるはずもない。

すると配達員は「どうぞ」と言って、紙袋を取り出す。
中に入っていたのは、市販の風邪薬とビタミンCのサプリメントだった。
その配達員が昨日のサンタクロースだと気がついたのは、その時だ。
お金、払います。
吉野はすかさずそう言ったが、配達員は「サービスです」と無愛想に答えた。

そして次の日はヨーグルト、その次の日は桃の缶詰。
吉野は毎日同じ時間にピザを頼むと、同じ配達員がピザと一緒に手土産を持ってくる。
しかもそれらは店の商品ではない。
彼は配達の途中で、コンビニに寄ってくれているらしい。

いろいろありがとうございました。おかげでよくなりました。
ようやく熱が下がった5日目、吉野は彼に頭を下げた。
もう外出できるまでによくなったが、最後にきちんと礼が言いたくて、またピザを頼んだのだ。
ちなみに今日の彼は、ピザと一緒にコンビニのサラダを差し入れてくれていた。

今までのお金、ちゃんと払います。
吉野はそう申し出たけど、彼は受け取ってくれなかった。
いつもの通り「ご注文、ありがとうございました」と挨拶して帰ってしまったのだ。
相変わらず無愛想で、何を考えているのかよくわからない。

なかなか熱が引かないひどい風邪で、本当に心細かった。
何とか乗り切れたのは、彼の差し入れと心遣いのおかげだったと思う。
また逢いたい。話がしたい。
だけど吉野の経済力では、そうそうピザを頼んでばかりもいられない。

がっくりと肩を落としてため息をついた視線の先に、吉野は見つけた。
今届いたばかりのピザの紙箱に、黒いマジックで走り書きされた文字。
漢字が4文字と、090から始まる数字の羅列だ。

羽鳥芳雪。
それがサンタクロースの名前だった。
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