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そんなもの、どうやって質入れするんだ!?
驚いた羽鳥は、青年の横顔を盗み見た。

羽鳥芳雪は、都内某所の質屋に勤めている。
質屋と言うと、昔ながらのレトロチックで風流なものを連想する者も多いかもしれない。
だが羽鳥の勤務先は、まるで違う。
ホストクラブやキャバクラなどが多くある街にあり、店と言うよりはビルだ。
さまざまなブランドの時計やらバックやら財布やらアクセサリーなどが所狭しと陳列されている。

質入れの客のほとんどは、ホストクラブやキャバクラの関係者だ。
そして一時的な質入れはほとんどなく、実に95パーセント以上が買い取りだった。
ホストやキャバ嬢たちは、客からプレゼントされたブランド品を売りに来る。
そして客たちは質入れされたブランド品を買って、ホストやキャバ嬢に送るのだ。
質屋はこれらの品物がグルグル回るだけで、巨額の金を得ているのだった。

羽鳥の仕事は、この質屋の査定員。
持ち込まれる品物に、妥当な値段をつけるのだ。
店の地下には、まるで銀行のようにいくつものカウンター窓口がある。
そこでは羽鳥のような査定員が、常に数名、常勤している。
店は24時間営業なので、勤務時間はシフト制だ。
今日は羽鳥は夜勤なので、夜8時に仕事に入った。

こんばんは。羽鳥さん。
羽鳥が窓口に出るなり、1人の若い男が目の前に座った。
数日に1度、ブランド物の財布を持ってやってくる。
しかも査定を頼むのは、だいたい羽鳥か横澤だ。
それは羽鳥も横澤もこの店のAランクの査定員だからだ。

この店の査定員にはランクがついている。
そしてランクによって、査定できる商品が決まっているのだ。
例えば単なるブランド品の真偽を見極めて買い取るなら、一番下のランクの査定員でもできる。
だが曰く付きや、訳あり品は、必ずAランクの査定員がチェックしなければならない。
そして羽鳥の前に座ったこの男が持ってくるのは、必ず真っ当ではない商品ばかりだった。

いらっしゃいませ。
羽鳥は営業用の笑顔で軽く頭を下げると、男が持って来たブランド物の財布3点を手に取った。
2つは女物、そしてもう1つは男物だ。
どれも有名ブランドのもので、新品同様。
羽鳥は「毎度ありがとうございます」と告げると、品物を1つずつ検分していく。

相変わらず、いい仕事だな。
羽鳥はそんなことを思いながら、財布を全てチェックした。
この男の仕事は完璧だ。
絶対に足がつかないように、指紋など前の持ち主の痕跡は完璧に消し去っている。
だが直感でわかる。
この男が持ち込む財布はおそらくは盗品だ。
最近「ファントム」と呼ばれるホスト、キャバ嬢を専門に狙うスリがいるという噂だ。
羽鳥は秘かにこの男が「ファントム」ではないかと疑っている。

建前的には、盗品の疑いがある商品は、買取などしない。
だが羽鳥は電卓を叩くと、3つの財布の合計買取金額を男に見せた。
どんなに盗品の疑いがあろうと、客に盗品に見えなければ買う。
これがAランクの査定員だけが下せる裁定だ。
この街のアンダーグラウンドな世界に住む者たちは、それを知っている。
だからこうしてAランクの査定員を狙って、品物を持ち込むのだ。

毎度ありがとうございます。
いつも不愛想な男は、無表情なまま礼を言う。
男は羽鳥が出す金額には、絶対に意を唱えない。
だがそれは羽鳥がだいたい妥当な金額を提示するからだ。
他のAランクの査定員の中には、金銭交渉になること前提で安い金額を言う者もいる。
だがそのことには、この男は感情のない声で「他のAランクの方に見てもらいます」と言ったらしい。
そして羽鳥が一発で妥当な金額を出したことで、羽鳥の上得意(?)のようになっている。

羽鳥の隣のブースでは、同じAランク査定員の横澤が、これまた常連客の応対をしていた。
客は軽い口調で「よぉ、横澤」などと声をかけている。
横澤が「また、あんたか、桐嶋さん」とウンザリした声で応じていた。
テンションが見事に違う2人だが、案外相性は悪くなさそうだと羽鳥は見ている。

今日も頼む。
桐嶋がそう告げると、桐嶋の隣に立っていた少女が、横澤にニッコリと笑いかけている。
そう、毎晩、桐嶋は自分の娘、日和を質入れに来るのだった。
そして朝になると、金を払い、引き取っていく。
こんなのも、この店のAランク査定員だからこそできる質入れだ。

羽鳥も最初にこれを見たときには、さすがに驚いた。
自分の娘を質に入れる。
それだけ聞くと、何だかひどく時代錯誤で、薄情なことに思える。
まるで人身売買、ましてや娘となれば、性的な淫猥ささえ感じる。

だが実際は、体のいい託児所という風情だった。
桐嶋の娘、日和はここで一晩、気楽な時間を過ごす。
店内に飾っているブランド品を見て歩いたり、査定員たちと話をしたりする。
24時間営業の店だから、奥のスタッフ用のベットで眠ることもできる。
羽鳥は休憩時間に頼まれて、彼女の宿題を見てやったことさえあった。

おそらく桐嶋もアンダーグラウンドに生きる人間なのだろう。
だから質入れという形で、夜、娘を店に預けていくのだ。
ここは高級品を扱うし、買取のために大金も常備している。
その関係で、警備員も常駐しており、セキュリティは万全なのだ。
だから桐嶋は、娘の身の安全を図るために、娘を質に入れるのだ。
横澤もその辺りの事情を、きっと熟知している。
日和の安全が保てて、店に金も入る。
こういう風変わりな質入れも、この店ではありだった。

そしてまた新しい客が、入ってきた。
なかなか整った顔立ちの若い青年で、羽鳥は初めて見る客だ。
隣の横澤をチラリと見ると、横澤もこちらを見て首を振った。
どうやら横澤も見覚えがない客のようだ。
青年は横澤の隣の、高野のブースに入った。
高野もAランクの査定員だ。

すみません。・・・を質に入れたいんですが。
青年は高野にそう告げたが、羽鳥には肝心な品物の名前が聞き取れなかった。
だがどうせブランド品か何かだろうと、気にも留めずにいた。
すると高野が「んなもん、質に入れるなんて、できるか!」と叫んだのだ。

横澤さん、彼は何を質入れするって言ったんですか?
羽鳥は声をひそめて、隣の横澤にそう聞いた。
横澤は呆れたような声で「目だとさ」と答える。

そんなもの、どうやって質入れするんだ!?
驚いた羽鳥は、青年の横顔を盗み見た。
その瞳は確かに、質に入れてもおかしくないような、美しいエメラルド色だった。

*「ファントム」というスリのお話は、黒バスのパラレル小話「Diffuse reflection」につながっています。
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