スーパー店長横澤隆史

テメー、どうしていつもコンビニ弁当を食ってんだよ!
横澤は従業員用の休憩スペースで食事をしている青年を怒鳴りつけた。

横澤隆史は大手スーパー「丸川」の都内のある店舗で、店長を務めている。
売り上げを気にして、顧客の獲得に頭を悩ませる毎日だ。
業者との商談や、従業員の指導など、他にも気を使うことは山ほどある。
大学を卒業した時には、まさか自分がこういう道に進むとは思ってもみなかった。

横澤の目の前で弁当を食べているのは、契約する警備会社から派遣された警備員。
彼は店内を客を装って巡回し、万引き犯を見つける、いわゆる万引きGメンだ。
若いけれど優秀で、何人もの万引き犯を捕まえている。
その点は大いに評価するが、少なからず不満もある。
そのうちの1つが彼の食事だ。
ここはスーパーであり、惣菜や弁当も扱っている。
だが彼は頑として、店のものを買って食べることはしないのだ。

だって、俺の口には合わないんですよ。味が濃くて。
万引きGメン、小野寺律はズケズケと文句を言う。
それは確かに当たっていないこともない。
近所に新しいマンションなどが多いせいで、客層が若い。
そのせいでこってりと濃い味の惣菜の方が売れ行きがいいのだ。
それに弁当や総菜は、どうしても作ってから実際に食べるまでに時間が空いてしまう。
保存を考えれば、どうしても味は多少濃い目になる。

まったくどうしてそう反抗的なのかね?
横澤は眉を寄せながら、ひとりごちた。
多少味付けが濃くても、美味いという自信がある。
なのにここまで避けられると、その自信が揺らぐ。
だが当の律は、そんな横澤の心の内などお構いなしに箸を進めている。

律は元々、警備会社で要人警護のセクションに所属している。
ここでの仕事は研修という名目で、出向扱いだ。
万引きGメンの仕事も一生懸命やっているのは認めるが、本意ではないのだろう。
どうにもそれが態度ににじみ出てしまっている。
前任者とは大違いだと、横澤はため息をついた。

また前任者ですか。そんなにその方がいいなら俺と交代させてください。
弁当を食べ終えた律が、ゴミ箱に空き容器を放り込みながら、挑むように横澤を見た。
まったくかわいい顔をしているくせに、負けん気が強い。

あれ?お前、前任が誰だか知らねーのか?
横澤は思わず聞き返した。
そんなことは派遣元の警備会社から聞かされていると思っていた。
だから今まで律にその詳細を説明したことがなかったのだ。

知りませんよ。横澤さんがやたら嫌味っぽく「前任者」を連呼するだけで。
律はどうでもよさそうな口調を装っている。
だがじっと横澤を凝視する瞳からは、知りたいという気持ちが滲み出ている。

じゃあ、教えてやる。その代わり、明日からうちの弁当を食えよ。
そのまま焦らしてやろうかと思ったが、話してやることにした。
勿体をつけるほどの話ではない。
ならばとりあえず、弁当1個分の売り上げになった方がいい。

お前の前任者はな。
横澤は口元に笑みを浮かべながら、口を開く。
心はすでに懐かしい思い出となったあの頃に向かっていた。
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