どっちもどっち

「このお店のクマさんケーキ、すごく効果ありますよ。」
律が若い編集部員にスマホの画面を見せている。
高野は渋い顔で、そんな2人の様子を見ていた。

助けてください!
必死の形相でエメラルド編集部に現れたその男は文芸に所属する若い編集部員だった。
最近、宇佐見秋彦の担当になったという。
そんな彼が助けを求めてきた相手は小野寺律。
締め切りを守らないどころか、まったく筆が進まない宇佐見秋彦をかつて担当していた。
そんな律の経歴を聞きつけ、アドバイスを求めに来たのである。

対する律は、この悩める青年を歓迎した。
今でこそもう未練はないが、元々は文芸志望だったのだ。
手伝えることも、今は会わなくなった宇佐見の話を聞くのも楽しい。
だから編集部フロアの休憩スペースに移動し、自分の経験談を余すことなく語った。
宇佐美秋彦に原稿を書かせるため、どんな風に甘やかし、また叱ったか。
さらにどうしても言うことを聞かせるための、最終兵器も。

「クマさんケーキ、ですか。」
「うん。ここのパティスリーのクマさんケーキ!」
「すごく可愛いですね。」
「それに美味しい。しかも毎月微妙に味やデザインが変わる。」
「じゃあ月1回使える技ってことですね?」
「うん。あの人はクマ好きの上、限定モノにも弱いから。」

最終兵器、それはクマさんケーキだった。
クマの姿を模したそれは可愛くて美味い。
それに宇佐見秋彦は無類のクマさん好き、これ以上の武器はない。
そんな話題で2人の青年が盛り上がる光景は、ある意味微笑ましい。
だけど残念ながら勤務時間中なのだ。
高野は2人に近づき、律に「そろそろ仕事しろ」と声をかける。
そして文芸部員の青年を軽く威嚇するように睨んだ。

「すみません。仕事に戻りますね。」
高野のスパルタに慣れている律は動じることなく答えた。
そして文芸部員の青年に「また何かあったらいつでも」と笑う。
高野は何だか面白くなかったが、さすがにそれは言わなかった。
一礼して、自分の部署に戻っていく青年の背中を軽く睨んでいたのだが。

「余裕ねぇなぁ」
不意に背後から声をかけられ、驚いた高野は振り返った。
ニヤニヤと笑いながら立っていたのは、まさかの取締役社長。
井坂龍一郎と影のように付き従う秘書の朝比奈だった。

「心が狭い男は嫌われるぞ~?」
井坂は高野を揶揄い肩をポンと叩くと、足早に去っていく。
高野はその後ろ姿を見送りながら「ハァァ」とため息をついた。
かなりカッコ悪いところを見られたようだ。
律と仲睦まじい様子だった文芸部員の青年に、少しばかり嫉妬していたのだ。

やれやれと頭を掻きながら、高野は編集部に戻った。
先に戻った律は何事もなかったように木佐とじゃれている。
律の笑顔を見ると、何だかどうでもいいような気がしてくるから不思議だ。
それでも高野が帰宅後、律をやや強引に部屋に連れ込んだのはご愛敬である。
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