ニューフェイス

「ねぇねぇ!」
声をかけてきたのは、若い女性新入社員である。
律は数秒間絶句した後、ガックリと肩を落とした。

4月某日、丸川書店は新入社員を迎えた。
会社近くのイベントホールを借りて、セレモニーを行う。
案内役やらなにやら人手はが必要となる。
今年、エメラルド編集部にその番が回ってきたので、律と木佐が手伝いに出た。

普段とは違う仕事だが、むずかしくはなかった。
律と木佐が任されたのは、ステージ上で挨拶するお偉いさんのサポートだった。
人数分の椅子やら資料を用意し、来賓の案内などもする。
だから入社式の前にほぼ仕事は終わりだ。
後は式の後、片付け等を手伝えばよい。
やれやれと一息ついていたところで、声をかけられたのだ。

「ねぇねぇ!君たちはどこの部署志望!?」
声をかけてきたのは、若い女性2人だった。
着慣れていないスーツでわかる、今日入社した女性社員だ。
律は数秒間絶句した後、ガックリと肩を落とした。

一仕事終えて、会場内に立っていた2人は間違えられたのだ。
2人の女性新入社員は、律と木佐を同期と思ったのだ。
そしてどうやらあわよくばと考えたらしい。
ねっとりとした捕食者の視線に、律は内心密かにため息をついた。

「ごめんね。俺ら新人じゃないよ。」
木佐がすかさず笑顔で否定しながら、距離を取った。
愛想が良いのに、その後を続けさせない感じはさすがと感心する。
まぁこんなことはある。
終わってしまえば、ただの笑い話なのだが。

「俺って、そんなに子供っぽく見えるんですかね~?」
その夜、律は高野の部屋にいた。
一見すると恋人と部屋飲み、だけどそこは律のこと。
手には缶チューハイ、例によってからみ酒、そしてグチ派である。

「タメ口で『どこの部署志望?』って。失礼にも程がある!」
「若く見られて、喜べばいいんじゃね?」
「それなりに仕事もして、大人になったつもりなんですよ~?」
「大人、ねぇ?」

高野は相変わらずの律にドン引きしつつ、少しだけホッとしていた。
編集者として、部下として、律は成長している。
そのことは実に嬉しく、頼もしい。
だけど恋人としては、ちょっと寂しかったりする。
まだまだ可愛くあってほしいなんて思っているのだ。
だから新入社員に間違えられたなんて口を尖らせているのを見ると、ちょっとホッとする。

「それに入社式でナンパって!採用基準、ユルユルじゃないですか~?」
「そこは同意するけど」

一応警戒しよう。
その新人の女性社員どもの名前を突き止めておかなければ。
高野は密かにそう思っていた。
モテる恋人を持つと、油断できない。
我ながら心が狭いと思わないではないが、嫉妬は尽きないのである。
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