新年の野望

「お餅、持ってきました。」
律は恋人の部屋のドアを開けながら、毎年恒例になったセリフを言った。

都内に暮らしながら、実家も都内にある律は、正月は必ず顔を出す。
実は正月こそ帰りたくないというのが、律の偽らざる本音だ。
親戚一同が集まり、よってたかって「早く家に戻れ」とか「結婚はまだか」などと言われるのだ。
そして最後は杵を持たされ、強制的に餅つきをさせられる。

それでも必ず帰るのは、親に対する後ろめたさだ。
勝手に会社を変わってしまったこと、そして律の結婚を望む両親の期待に添えないこと。
そもそも日頃忙しくて、親と話す機会がまったくないこともある。
だからせめて正月くらい、親孝行をしておかなければと思うのだ。

そしてつきたての餅を持って帰るのは、すっかり年始のお馴染みの行事となった。
1人部屋に残る恋人は、簡単だが手作りのおせちと雑煮の準備をしている。
そこへ律が持ち帰った餅を加えて、2人で新年を祝うのが当たり前になっていた。

「お餅、持ってきました。」
律は恋人の部屋のドアを開けながら、毎年恒例になったセリフを言った。
完全に恋に堕ちた後、2人は合鍵を交換している。
勝手知ったる恋人の部屋、律は慣れた様子で靴を脱ぎ、上がった。
ソファに身体を沈めて本を読んでいた高野は「おお、待ってた」と答える。
そして読んでいた本を閉じてテーブルに置くと、おもむろに立ち上がった。
身軽な動作でキッチンに立ち、茶の用意をしてくれる。
実家では何だかんだで酒を飲まされるから、熱い茶がありがたいのだ。

「すみません。ありがとうございます。」
律は礼を言いながら、カバンを置き、コートを脱ぐ。
洗面所で手を洗ってリビングに戻ると、ふと高野が読んでいた本が目に留まった。

「へぇ。こんな本、読むんだ。」
律は表紙を見て、思わずポツリと呟いていた。
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