酔っ払いとストーカー

久々の酒は美味いな。
グラスの中の液体を一気に飲み干した男は、しみじみと感慨に浸っている。
横澤もまたその男と差し向かいでグラスを傾けながら「大げさだ」と苦笑した。

横澤隆史と桐嶋禅は、会社近くの居酒屋で飲んでいた。
丸川書店から近いのに、駅の反対側にあることと奥まった場所にある。
つまり会社の人間と会う可能性が低いのだ。
横澤と桐嶋のように、人目を憚るカップルには都合がいい。

桐嶋はつまみを何も食べないうちに、さっさと2杯目を注文している。
ハイペースな飲みっぷりだ。
どうやら余程酒が飲みたかったらしい。
その理由は、怪我をしてしまったせいだ。
ストーカー事件に巻き込まれ、階段から転落して足を捻挫したのだ。
医者に炎症がなくなるまでは酒は飲むなと言われ、桐嶋は酒を絶っていた。

だが飲むなと言われれば、飲みたくなるのが人情だ。
横澤は完治するまで我慢しろと何度も忠告したが、限界らしい。
確かにストーカーされるなんて不愉快なことがあれば、飲みたい気持ちもよくわかる。
そこでようやく腫れが引いた今日、会社帰りの2人は居酒屋に来たのだった。

ったく迷惑な話だよな。ストーカーなんて。
大分酔いが回った横澤はそう言って、思いのほか呂律が回っていないことに少々焦った。
酒豪の桐嶋のペースで、かなりの量を飲んでしまったのだ。
当の桐嶋も心なしかテンションが高い。
久々の酒に少々酔っているか、ひょっとしたら浮かれているのかもしれない。

ちょっと、トイレ。
横澤はそう言いながら席を立った。
少々景色が回っているような気がする。
明日もあることだし、タチの悪い酔っ払いにならないうちにお開きにした方がいいかもしれない。
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