携帯電話

まったく予定外の出費だ。
律は店頭に並べられた色とりどりの商品を見ながら、ため息をついた。

律は携帯電話のショップにいた。
携帯電話を壊してしまったので、新しいものを購入するためだ。
壊してしまった経緯については、本当に納得がいかない。
原稿を校了した昨日、母の入院などというアクシデントの後、律は高野の部屋に連れ込まれた。
今にも押し倒されそうな雰囲気だったので、風呂に入っていないからダメだと言った。
すると高野は一緒に入ろうと、律をバスルームを引きずり込んだ。
そしていきなり律にシャワーをぶっ掛けたのだ。
しかも服のままで。

バスルームで一戦交えた後、律は悲劇に気付いた。
気に入っていたセーターは、お湯を吸って重くヘタってしまった。
革のベルトも傷んで、もう使い物にならない。
スラックスのポケットに入れっぱなしだったのど飴が、熱で溶けてポケットの底にへばり付いていた。
そして携帯電話もしっかりとお湯に浸かり、電源が入らなくなっていた。
後の祭りとはまさにこのことだ。

まったく運がないとしかいいようがない。
普段、この時期は携帯電話はコートのポケットに入れていることが多いのに。
よりによって昨日だけは、スラックスのポケットに入れていたのだ。
乾かしてから、3日間放置すれば電源が入ることがあるなどと聞いたことがある。
だがそんなに待っていられない。
仕事の電話が入ることもあるし、入院している母親のことで連絡があるかもしれない。
律は諦めて、新しい携帯電話を買うことにした。
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