キズモノ

女は右手を大きく振り上げると、そのままの勢いで振り下ろした。
小野寺律の顔、めがけて。

作家との打ち合わせから戻った律は、たまたま1階受付に来ている来客の言葉が耳に入った。
その人物は、10代後半か、20歳くらいの若い女性。
どうやらアポは取っていないらしい。
彼女は「エメラルド編集部の方に会わせてください!」と叫んでいる。
ものすごく必死な様子だったので、律は彼女に近づいて声をかけたのだ。
「エメラルド編集部の小野寺です。お話伺います。」
受付の女性に詰め寄っていたその女性は、律の方を振り返ると、パァッと顔を輝かせた。

律は1階の接客スペースで彼女と話をすることにした。
単なる直感だが、何か「ヤバい」雰囲気の女性だった。
ほとんどメイクもしていない顔は、可愛らしいといえないこともない。
だが目が据わっているというかイっちゃっているというか。
思いつめた雰囲気で、興奮しているようだ。

正直言って1人で相対するのは怖いと律は思った。
だが編集部は徐々に忙しくなっている時期だ。
こういう雰囲気の女性を連れて行くのは、まずい気がする。
とりあえず話を聞いて、判断に困るようなら高野に相談しよう。
律は心の中ですばやくそう結論付けた。
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