ネーム

このセリフ、どうしたらいいんだろう。
美濃奏は担当作家から送られてきたネーム原稿を前に迷っていた。

ここ何ヶ月か美濃の担当作品の評価が上がっている。
特に前回のアンケートでは、一之瀬絵梨佳や吉川千春の作品を抜いて1位になった。
本人としてはすごくうれしいのだが、そこはいつも笑顔の美濃のこと。
他の編集部員たちには「リアクションが薄い」と言われてしまった。

ストーリー自体はごくごく定番なものだ。
深窓の令嬢と、彼女の家の使用人の息子の恋物語。
家柄だの身分違いだのと言われながら、想いをつらぬくというお話だ。

あまりにも新鮮味がないネタだったことで、企画の段階で反対意見も多かった。
ここまで使い古されたネタで、売れる作品ができるのかと。
だが美濃は絶対にヒット作が出来ると言い張った。
この作家は絵も綺麗なのもさることながら、セリフがいい。
切ない心情をリリカルな言葉で紡いで、読者の心をつかむはずだ。

最初は難色を示していた編集長の高野も、最終的には美濃の熱意に折れた。
そして今や看板作家の2人に迫る勢いで人気急上昇中だ。
美濃としてはしてやったりという気分だった。

その作品の次回掲載分のネーム原稿をチェックしていた美濃の手が止まった。
かけおちをしようと言い出した令嬢を、少年は思い留まらせようとする。
好きな人につらい思いをさせたくなくて、心ならずも別れの言葉を告げるのだ。
そこでこの回は終わり、次の月につなげる大事なセリフ。
その言葉はあまりにも切なく、美濃の心に突き刺さった。

想い人の顔が心をよぎる。
まるで美濃と恋人との関係を言い表しているような言葉だ。
考えたくない。ペンを入れて消してしまいたい。だけど。

私情は禁物だ。
読者の心をグッと捕まえる決めゼリフを美濃の独断で消すわけにはいかない。
美濃は最後のセリフはそのままにして、ペンを置いた。
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