猫と合鍵

ああ、また。
自宅マンションに帰り着いた律は、エレベーターを降りた瞬間、ため息をついた。
上司であり、隣人である男が、律の部屋の前に立って待っていたからだ。

また流される。
律が身構えた瞬間、携帯電話が鳴った。
律のではなくて、高野のものだ。
高野は律をじっと見据えたまま、携帯電話を取った。

ああ?そりゃ急だな。わかった。俺の家に連れていくから。心配するな。
高野はそう言って電話を切ると、エレベーターに向かって歩き出す。

横澤が急な出張に行ったらしい。猫を引き取りに行って来る。
すれ違いざまに短くそう言った高野は、そのままエレベーターに乗って行ってしまった。

取り残された律は、呆然とエレベーターの扉を見ていた。
ホッとしたという気もするし、拍子抜けしたような気もする。
だがそれ以上にショックな気持ちが大きかった。

横澤はどうやらもう出張に出ているらしい。
それなのに高野は猫を引き取りにいく。
つまり高野は、横澤の部屋の合鍵を持っているということだ。

今さら驚くことではないということはよくわかっている。
横澤が高野の家の鍵を持っているのは知っているし、主目的は猫のためなんだろうから。
それでもやはり悶々とする気持ちは、どうしようもない。
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