傷痕

高野政宗は、ゆっくりと身体を離して自身を抜いた。
その瞬間「・・・んっ・・・」と小さく呻いた律が、眉根を寄せて、背中を仰け反らせる。
荒い呼吸は少しずつ整ってきたようだが、動く気配はない。
瞬きをするのもめんどくさいと言いたげに、瞼を閉じてしまう。
フローリングの床の上に、何も身にまとわず人形のようにぐったりと横たわる律。
どこかシュールで哀れな風情に、高野は深々とため息をついた。

まったく最悪だと高野は思う。
誤解して別れて、10年もたって再会したのだ。
久しぶりにまた律を抱くなら、もっと雰囲気とか情緒があってもよかっただろうと思う。
酔った勢いで、しかも逃げようとする律を力で押さえ込んで、ムリヤリ。
これではまるでレイプではないか。

小さな寝息が聞こえる。
律は眠ってしまったようだ。
閉じられた瞳から、涙が零れて落ちていく。
痛かったのか、それとも嫌だったのか。
いやきっと悲しかったのかもしれない。
律は「先輩」と10年前の高野を、もういない男を呼んでいたから。
高野は指を伸ばして、律の涙を拭き取った。

このまま床に放置しておくわけにはいかない。
ベットに運んでやらなくては。
高野は律を抱き起こそうとして、背中に腕を差し入れて気付いた。
律の身体を胸にもたれ掛けさせながら、背中をよく見てみる。
そこには、いくつもの擦り傷が出来ており、血が滲んでいる箇所もあった。
こんな場所で何度も身体を揺さぶったせいだ。
フローリングの木のつなぎ目の溝で、こすれたのだろう。
それに胸や腹にはこれまた高野がつけた紅い華が散っており、歯形までついている。
ふと思い出して足を見ると、以前図書館の前で盛大に転んだときの怪我がかすかに残っていた。
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