災い転じて

高野政宗の周囲の人物は、彼はあらゆる意味でほとんど完璧な人間だと思っている。
モデルと言っても通るほど容姿端麗、仕事はほとんどミスなく優秀。
不運という言葉は、彼とは無縁だと思っているだろう。
だけど高野だって人間であって、運が悪い日というのはある。
今日がまさにそうだった。
誰が悪いわけでもないのに、何だかうまくいかないのだ。

まず出社する前に担当作家の家に立ち寄ったところ、メガネを壊されてしまった。
帰り際にメガネを外して、カバンにしまうために一瞬だけテーブルの上に置いた。
そのわずかな隙に、アシスタントの女の子が落として、さらに踏んづけたのだ。
女の子は半泣きになりながら、高野に「すみません」と何度も頭を下げる。
用意周到な高野は同じデザインのメガネを3本持っており、会社と自宅に予備を置いている。
だからメガネに関しては、それほど困らない。
だけど女の子の慌てっぷりに少々ヘコんだ。
そんなに涙目になって怯えるほど、自分は怖い顔をしているのだろうかと。

作家宅を出て会社に向かう途中、タバコが切れていたのを思い出し、コンビニに入った。
だがレジにいた店員の青年は、高野が言ったのと違うタバコを出してきた。
違うと言ったが、店員は新人なのかタバコの銘柄には詳しくないようでオロオロしている。
その間にレジは混んできて、高野の後ろには列が出来てしまった。
高野は諦めて、普段と違う銘柄のタバコを買ってコンビニを出た。
会社に戻り、社内の自動販売機でコーヒーを買おうとしたら、これまた好みの銘柄は売り切れだ。

そんな調子だった。
1つ1つは実に些細なことだが、どうにも思うようにならないのだ。
まぁこんな日もあるだろう。仕方ない。
高野は割り切って、仕事に没頭することにした。
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