Smoking Clean

丸川書店の社内は、喫煙所を覗いて禁煙だ。
だがエメラルド編集部では喫煙が黙認されている。
原因は犯人が出版部門ナンバー1のエメラルドの編集長、高野であるからだ。

もちろん最初から黙認されていたわけではない。
高野がエメラルド編集部に就任した頃には、露骨に顔をしかめる者も文句を言う者もいた。
だが高野はまったく聞き入れる素振りすら見せなかった。

それに高野だって、通常はきちんと喫煙所を利用している。
ここで吸うのは喫煙所に行く時間も惜しいほど忙しいとき、またはフロアに人が少ない時など。
一応彼なりに気を使ってはいるのだ。

高野の席が一番奥の端で、他の人にモロに煙がかかるようなことがないということもある。
しかも仕事ではめざましい実績を上げているわけで。
結局なし崩し的に、まぁ仕方がないかという雰囲気になった。

だが最近その雰囲気を打ち破る勇者が現れた。
中途入社でエメラルド編集部に配属された新人、小野寺律だ。
彼はきっぱりはっきり大きな声で、高野の編集部内での喫煙を抗議した。

俺、タバコのにおい、大っ嫌いなんです!
編集長自ら決まりを破るなんて、恥ずかしいと思わないんですか?
こんなに書類がたくさんある場所でタバコなんて、危ないじゃないですか!

幾度となく繰り返す律のひどくまっとうな苦情に、心の中で秘かに賛同するものは少なくなかった。
だが肝心の高野はまったく聞く耳を持たなかった。
冷ややかに「わめくな、うるさい」と言うか、わざとらしく無視するだけだ。
ただしある時1回、律がこう言ったときだけ反応が違った。

タバコを吸っていないのに俺の服、タバコ臭くなるんです。
受動喫煙って身体に悪いんですから、そういう迷惑を考えてください!
高野はその時だけは、ピタリと動きを止めて律の顔を見た。
だが無言で短くなったタバコを灰皿に押し付け、席を立って出て行ってしまった。
1/3ページ