これでチャラ

横澤隆史は書店に入ると、すばやく店員の姿を確認した。
そしてその視界に入らないようにしながら、店内を歩いて行く。

横澤は「暴れグマ」とまで呼ばれた、自他共に認める強面の営業だ。
仕事上はもちろんそれでいいのだが、問題は勤務時間外。
もともと横澤は大手出版社、丸川書店に就職した理由の1つはもちろん本が好きだから。
当然本がたくさん並ぶ大きな書店も好きで、その中をブラブラと本を見て歩く時間は楽しい。

だがもう最近では書店に入るなり、店長かベテラン店員が駆け寄ってきたりする。
そして部数やら売り上げやら陳列やらと、味気ない話になってしまう。
ただただ単純に好きな本を見て回るという普通のことが、横澤には意外と難しいことなのだ。

それでも最近はいいこともある。
横澤の本の好みを覚えた店員が本の情報を教えてくれるようになったのだ。
これなんか横澤さん好きだと思いますよ、などと言いながら顔馴染みの店員が声をかけてくる。
そういった本を試しに読んでみると、ほとんど例外なく面白かったりする。
だからこれはこれでチャラでいいかと思うようになった。

今日も横澤は会社帰りに、書店に立ち寄った。
この書店の店員は、無駄に大声で「横澤さん、お世話になってます」などと呼ばわるのだ。
だが一見したところまるでホストのような店員は、どこの店員よりも横澤の趣味を心得ている。
見つかりたくないような、でもまぁアイツならいいか、とか。
まるでかくれんぼのような気分で店内を歩く横澤は、その2人組を見つけた。
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