千秋と律と王子様

吉野千秋は「よし!」と気合いを入れると、足を踏み出した。
目指す先にあるのは、中古本の販売店だ。
本やDVDやゲームソフトなどの買取をし、買い取ったそれらを販売している。
全国にその店舗があるチェーン店だから、その名を知らない者はいないだろう。
立ち読みなども自由であることから、店内にはいつも客が多い。

吉野は今まで、こういう店に入ったことがなかった。
その理由は、吉野の性格による。
コミックスのコーナーなどはいつ足を運んでも、立ち読みの客が通路を埋めている。
だが人見知りの上に、職業柄引きこもることが多い吉野は、人ごみに弱い。
だからいつも店の前まで来るものの、店内に入る勇気がなかったのだ。

だが興味はあったのだ。
普通の店舗とどう違うのか。
コミックスの品揃えはどうなのか。
そして自分の作品はどんな風に扱われているのか。
それを自分の目で確かめてみたいと、常々思っていた。

今まで行ったことがない種類の店に、30歳目前にして初めて入るのはなかなか勇気がいる。
多分羽鳥なり柳瀬なりに相談すれば、一緒に来てくれたことだろう。
だが日頃迷惑をかけている彼らにそんなことまでつき合わせるのは、さすがに気が引けた。
それに彼らにそこまで頼るのはあまりにも子供じみている気がする。

だから今、決死の覚悟で店の前に立っている。
小さく「よし!」と掛け声をかけて、いざ店内へ!と思った瞬間。
吉野は同じく店に入ろうとしている人物を見つけた。

これは彼に頼るのではない。
あくまで偶然店の前で出会って、一緒に入るだけだ。
吉野は自分にそう言い聞かせると、その人物-小野寺律に声をかけた。
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