千秋と律の酔っ払いナイト

「あたしゃ~常々思うわけよ。」
「マンガ家って締切守るDNAが欠如してると思わない!?」

吉野千秋は完全に彼女の勢いに押されていた。
言い返したいけど、何1つ反論できない。
頼みの綱である小野寺律は、申し訳なさそうな表情で口を挟めずにいる。
何でこんなことになったんだっけ?
吉野はガックリと肩を落としながら、嵐が過ぎ去るのを待った。

そもそも今日、吉野は羽鳥と飲むために、この居酒屋に来たのだ。
だが注文をした直後に、羽鳥の携帯電話が鳴った。
相手は月刊エメラルドの編集長である高野。
例によって一之瀬絵梨佳がわがままを言い出したので来て欲しいというものだった。

申し訳ないと何度も繰り返す羽鳥を、吉野は笑顔で送り出した。
恋人になってから、もう何度羽鳥は一之瀬に呼び出されたかわからない。
今さら嫉妬などしない。
すっかり吉野には耐性が出来てしまったし、今は羽鳥を信頼しているからだ。
羽鳥は終わったら家に行くからと言い残して、店を出た。

そして羽鳥がいなくなってしまってから、あることに気がついた吉野は焦った。
今日は仕事を忘れてとことん飲もうと思い、かなりの品数を注文してしまったからだ。
なのに羽鳥は、何も口にしないうちに帰ってしまった。
どうしよう。食べきれるだろうか?
それよりも居酒屋で1人、テーブルに大量に料理を並べるというのはどうなんだ?
カッコ悪いを通り越して、もはや変人の域だ。

そんなとき、たまたま店に入ってきた知り合いの顔を見つけた。
吉野はすがるような気分で、彼-小野寺律に手を振った。
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