美咲と律と秘密の会議室

ヤバい。眠い。
美咲はあくびを噛み殺しながら、睡魔と戦っていた。
春の穏やかな陽気は、本当に眠気を誘うのだ。

高橋美咲は無事に丸川書店に入社した。
やりたいことは決まっているし、早くバリバリ働きたい。
だけどそれにはしばらく時間がかかる。
入社後には研修というものがあり、配属が発表されるのはしばらく先なのだ。

研修は意外に多岐に渡っていた。
社会人のマナーから、出版業界の常識や知識。
課題を与えられてレポートを書いたり、新入社員同士で討論をしたり。
または書店に出向き、話を聞いたり、実際に販売を行なったりもする。
それなりに密度も濃く、忙しい日々だった。

そしてゴールデンウィーク明け、美咲は睡魔と戦っていた。
この日の午後、営業部門の仕事について講義を受けていたのだ。
だけどおそらく関わることのない業務、どうしても関心は薄くなる。
しかも昼食を食べて満腹の上、春の陽気が心地よい。
結局眠らないことで精一杯、内容など頭に入らなかった。

そしてようやく約2時間の講義が終わった。
何とか眠らずに済んだことにホッとしながら、美咲は部屋を出た。
そして他の新入社員と一緒にゾロゾロと廊下を歩く。
講義が行われていたのは、大きめの会議室だ。
そして次の研修場所に移動しようとしたところで、ふと足を止める。
ちょうど隣の会議室から、先輩社員であろう女性が出てきたからだ。

うわ、すっごい美人。
美咲は思わず息を飲んだ。
現れたのは20代後半と思しき美女だったからだ。
おそらく元々顔の作りが美形なのだろう。
長い茶色の髪はゆるふわ、服装は春らしいパステルピンクでまとめられている。
そしてその美女は美咲と目が合い、ほんの一瞬だが驚いたように見えた。

あれ?どこかで会ったような。
美咲は首を傾げながら、考える。
このフロアにいるということは、間違いなく丸川書店の社員だと思う。
そして卒業前の内定社員だった頃と、研修をしている今。
ここまでに世話になった人たちの顔を思い浮かべるが、この美女はいない気がする。

「どうした?行くぞ?」
他の新入社員が怪訝そうに、立ち止まってしまった美咲に声をかけてくる。
美咲は「ごめん」と詫びて、歩き出しながら、尚も首を傾げていた。
あの緑色の綺麗な瞳。
いったいどこで見たんだっけ?
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