千秋と律のお宅訪問

「うわぁ。。。」
吉野は思わぬ惨状に、思わず声を上げてしまった。

吉野千秋がここに来ることになったのは偶然だった。
作品の取材のために人と会ったのだが、帰り道で迷ってしまった。
取材は有意義で、作品のイメージが膨らみ、考えているうちに曲がるところを間違えたらしい。
そろそろ駅についてもいいはずなのに、何だか見たことがない場所に来てしまった。
ちなみに来るときは、先方に最寄りの駅まで迎えに来てもらったのだ。

誰かに道を聞こうかと思ったが、今時「最寄駅はどこですか」と聞くのは地味に恥ずかしい。
スマホで地図検索をしようと試みたが、それも無理だった。
実は機械音痴で、未だにデジタル原稿もできないのだ。
スマホだって実は通話とメールしか使っておらず、ぶっちゃけスマホの必要性がなんてない。

吉野は途方に暮れて、その場に座り込んでしまった。
昨晩は、遅れ気味のネーム原稿のせいで寝不足だった。
その上、寝坊して食事抜きという最悪のコンディション。
貧血を起こすのに、これほど最適な状況はないだろう。

「吉野さん?」
不意に頭上から呼ぶ声に、吉野は座り込んだまま顔を上げた。
だが次の瞬間、驚いて勢いよく立ち上がってしまい、少々足元がふらつく。
声をかけてきたのは、月刊エメラルドの若い編集者、小野寺律だったのだ。

「大丈夫ですか?」
ふらつく吉野を律が慌てて支えてくれた。
何とか自力で立とうと焦るものの、目が回る。
その結果、律に縋りつくような体勢になってしまった。

「病院に行きますか?」
「いえ、そこまでは。ほっといて下さっていいですよ。少し休んだから動けます。」
吉野は恥ずかしさに俯いてしまう。
心配してくれるのはありがたいけど、それ以上に情けなかった。
こうなったのはひとえに不摂生と方向音痴、つまり自業自得なのだ。

「・・・よかったら休みます?俺の家、すぐそこなので」
律は言いにくそうに口ごもりながら、そう言った。
編集者としては、フラフラの作家を置き去りにはできないというところだろう。
担当でもないのに、申し訳ない。
だけど同時に、少々興味深くもあった。
この綺麗な青年は、いったいどんな暮らしをしているのか。

「えーと、それじゃ少しだけ」
遠慮と好奇心はしばし葛藤し、好奇心が勝った。
吉野は手を貸してもらい、律の自宅マンションへと案内された。
ちなみにここは先程取材のための訪れているのだが、方向音痴で貧血状態の吉野は気づかない。
ただこの辺りは似たようなマンションが多いなと思っただけだ。
そしてその部屋に足を踏み入れた途端、吉野はここへ来たことを後悔した。

「うわぁ。。。」
吉野は思わぬ惨状に、思わず声を上げてしまった。
見目麗しい青年の住まいは、信じられないほど荒れていた。
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