千秋と律のクリスマスイヴ

「あれ?」
吉野は思わず声を上げる。
相手も驚いた表情だったが「こんにちは」と礼儀正しく頭を下げた。

吉野千秋は、満員の路線バスに乗り込んでいた。
向かうのは数日前にオープンしたばかりの大型ショッピングモールだ。
折しも時期は12月下旬、街はクリスマスムード一色だ。
しかも祭日ともあり、ショッピングモール行きのバスは大変な混みようだった。

そんなすし詰め状態のバスの中で、吉野は知った顔を見つけた。
エメラルド編集部の若い編集部員、小野寺律だ。
こんなバスの中でも見つけられたのは、彼が目立っていたからだ。
単に顔で選んでいると噂されるエメラルド編集部の一角を占めるその美貌だけではない。
表情がやわらかく、口元には笑みが浮かんでいる。
それが律をますます美しく見せていた。
同じバスにいた若い女性のグループが、ナンパの相談をしているほどだ。

「吉野さんもお買い物ですか?」
吉野を見つけた律は、挨拶の後、さらに艶やかに微笑んだ。
うわぁ今、絶対バックに花が咲いた!
吉野は思わず見惚れたが、コホンと1つ咳払いをして、気を取り直した。

「ええ、ちょっと。取材もかねてブラブラしようかと。」
それは嘘ではないが、一番の目的を告げていない。
恋人であり、担当編集として世話になっている羽鳥に、プレゼントをしたいと思ったのだ。
それを選ぶために、わざわざ苦手な人混みに突入してきたのだ。

「俺はプレゼントを買いに来たんです。」
さらに微笑む律に、吉野は確信した。
律はきっと恋人へのプレゼントを買いに来たに違いない。
その恋人のことを想っているから、こんなに綺麗な笑顔になるのだ。

バスを降りたところで、吉野は律と別れた。
吉野は買うものが決まっていなかったから、相談に乗ってもらおうかなんて考えた。
だけど恋人を想う破壊力抜群の笑顔を見て、ちょっと無理だと思ったのだ。
そもそも律は女性のためのショップに行くだろうし。
吉野はため息を1つつくと、ショッピングモール入口で館内案内図を捜した。
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