千秋と律のサバイバルな夜

「これって、もしかして」
「閉じ込められましたね。」
吉野と律は、呆然と顔を見合わせていた。

発端はごくありふれたことだった。
月刊エメラルドの売れっ子作家、吉川千春こと吉野千秋が突然丸川書店に現れた。
目的は資料室だ。
そこにはたくさんの本や写真などが収蔵されている。
作家や編集者たちは、執筆に必要な資料を閲覧できるのだ。

吉野がここに資料を捜しに来たのは、初めてだった。
最近はネット検索で大抵のものは間に合ってしまう。
だが今回はどうにもイメージに合うものが見つからなかった。
羽鳥に頼んだら捜してくれたのだろうが、それも憚られた。
最近なんだか風邪気味で体調がよくないと言っていたからだ。
どうせ最近運動不足だし。
吉野は軽い散歩もかねて、丸川書店に出向いたのだ。

まずエメラルド編集部に顔を出した吉野は「え?」と声を上げた。
時刻は夕方で、まだ羽鳥はいると思っていたのだ。
だが羽鳥はおろか、ほとんど人がいない。
唯一いたのは、新人の小野寺律だけだ。
その律もカバンを持って立ち上がっており、まさに帰ろうとしていたようだ。

「あれ、吉。。。野さん。」
「こんにちは。今日は誰もいないんですか?」
「ええ。入稿もこの前終わったばかりだし、今日はみんな早めに上がってしまいまして」
つまり入れ違いに羽鳥も帰ってしまったのだ。
やはり事前に連絡をして、約束をしてから来るべきだった。

「資料を見たかったんですが、また出直します。」
「資料室でしたら、ご案内しますけど」
「でも、お帰りになるところじゃ。。。」
「別に用があるわけでもないですから。」

律は吉野の目的を察して、すかさず申し出てくれる。
せっかく来たのだし、二度足を踏むのは嫌だ。
吉野は律の厚意に甘えることにした。
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