キセキの未来(中)
「それじゃ、行ってきます」
黒子は練習している部員たちに声をかけると、体育館を出ていく。
降旗は「うん。よろしく」と応じるが、内心は複雑だった。
降旗たちが3年生になって、切実に困ったことがある。
それは先輩たちが卒業してしまったこと。
もっと具体的に言うなら、監督を務めていた相田リコの卒業だ。
選手が抜けた分は、新入部員で補強する。
だけど監督の代わりは、そう簡単には見つからない。
そんな中、手を上げたのは黒子だった。
新しい監督は捜しているが、簡単ではない。
だから見つかるまでの間、自分がその穴を埋めると言い出したのだ。
「そんなこと、できるの?」
降旗は率直に心に浮かんだ疑問を黒子にぶつけた。
部活の練習もあるし、受験勉強もある。
さらに監督業などやる余裕があるのかと。
だが黒子は涼しい顔で「まぁ何とか」と答えた。
そして黒子は部活の時間に外出することが増えた。
目的はスカウティング。
今後対戦する可能性のある高校を偵察するのだ。
そして得た情報をわかりやすくまとめて、部員たちに伝える。
「なぁ黒子。このデータ、すごくね?」
黒子が集めてきた情報を見た降旗たちは絶句した。
相田リコの情報収集能力も高校生の女子とは思えないほど、緻密で正確だった。
だけど黒子のデータはその上を行く。
実に細かくわかりやすく、相手校の特徴をまとめていた。
さらに誠凛の現在の戦力を考慮し、どう攻めるか作戦まで立てていたのだ。
「つかぬことを聞くけどさ、これ、合法?」
3年生だけのミーティングの場で、データを見た降旗が驚いている。
福田と河原もうんうんと頷く。
普通の偵察では、到底集めきれない情報量だからだ。
だが黒子はいつもの無表情で「合法ですよ。多分」と答えた。
「これを元に効率良く練習しましょう。的を絞れば勝機もあります。」
淡々と戦略を練る黒子に、3人は感心するばかりだ。
ここまでのデータを集めた方法は謎だ。
だけど黒子だからと言われれば、納得してしまう。
「でもさ。黒子、練習時間減ったけど大丈夫?」
「そうだね。スカウティングに時間取られたもんな。」
河原と福田が口々にもっともな不安を口にした。
黒子の外出が増え、部での練習時間が減っている。
最低限のコンビネーションの確認は何とかなっているが、大丈夫なのか。
「・・・大丈夫ですよ。」
黒子は珍しく一瞬黙り込んだが、すぐにいつも通りの無表情で頷いた。
最後のインターハイ、黒子なりにできることをしている。
2年間を共にした3人の仲間には、確かにその決意が伝わっていた。
*****
「・・・大丈夫ですよ。」
黒子は答えに戸惑い、一瞬の間が空いた。
だけど結局、最低限の言葉で答えるしかできなかった。
4月から5月にかけて、黒子はスカウティングに勤しんでいた。
その結果、結構なデータが集まった。
だが黒子の練習時間は減ってしまった。
そのことを指摘された黒子は「大丈夫」と曖昧な答えを返したのだ。
そう、実際大丈夫なのだ。
なぜならバスケプレイヤーとしての伸びしろを使い切ったから。
少なくても黒子はそう思っている。
だから現状維持できるだけの練習をすれば、それで良いと判断していた。
だけどそれを降旗たちに言うのは躊躇われた。
優しい彼らは「そんなことない」と真剣に言ってくれるだろう。
悲しい顔もするはずだ。
そんなことをさせるのは、黒子の本意ではない。
「それじゃ今日はここまでだね。」
降旗の言葉で、3年生だけのミーティングはお開きになった。
もうすでに外は暗く、1、2年生は先に帰宅している。
黒子は「お疲れ様でした」と頭を下げて、出て行こうとした。
「黒子、一緒に帰ろうよ。」
ドアに手をかけた黒子に、降旗が声をかける。
だが黒子は「すみません。今日は用事がありまして」と首を振った。
そしてもう一度一礼すると、今度こそ部室を出た。
どんどんバスケから遠くなっていく。
黒子は足早に歩きながら、そう思った。
当たり前だ。バスケに別れを告げるために頑張っている。
例えば今やっている偵察も、降旗たちが「合法?」と疑うほど細かい。
そして黒子は「多分」としか答えようがない。
通常あり得ないやり方で、情報を集めているからだ。
それがバスケから離れた自分の新しい生き方に繋がっている。
黒子はそういう職業に就くことを目指していた。
偵察はその訓練も兼ねている。
寂しさを感じながら、黒子は歩く。
実は今回の偵察で、バスケとは関係ない情報も得てしまった。
かつての仲間であるキセキの世代。
その中の何名かが近い将来見舞われるトラブルだ。
知らん顔することもできるが、今はしたくない。
火神君は元気かな?
黒子は不意にかつての相棒のことを思い出した。
自分の本能のままに、アメリカに行ってしまった男。
完全に影の世界に入る黒子とは対照的に、光の中で生き続ける男。
ひょっとして彼が今、日本にいたら。
道は違っていただろうか?
だが黒子は首を振った。
多分火神がいたら、ウィンターカップまではバスケをしただろう。
だがそれだけだ。
きっと結末は変わらない。
黒子はさらに歩調を早め、歩き続けた。
自由にできる時間は残り少ない。
だから今は友人のために、できることをしよう。
黒子は練習している部員たちに声をかけると、体育館を出ていく。
降旗は「うん。よろしく」と応じるが、内心は複雑だった。
降旗たちが3年生になって、切実に困ったことがある。
それは先輩たちが卒業してしまったこと。
もっと具体的に言うなら、監督を務めていた相田リコの卒業だ。
選手が抜けた分は、新入部員で補強する。
だけど監督の代わりは、そう簡単には見つからない。
そんな中、手を上げたのは黒子だった。
新しい監督は捜しているが、簡単ではない。
だから見つかるまでの間、自分がその穴を埋めると言い出したのだ。
「そんなこと、できるの?」
降旗は率直に心に浮かんだ疑問を黒子にぶつけた。
部活の練習もあるし、受験勉強もある。
さらに監督業などやる余裕があるのかと。
だが黒子は涼しい顔で「まぁ何とか」と答えた。
そして黒子は部活の時間に外出することが増えた。
目的はスカウティング。
今後対戦する可能性のある高校を偵察するのだ。
そして得た情報をわかりやすくまとめて、部員たちに伝える。
「なぁ黒子。このデータ、すごくね?」
黒子が集めてきた情報を見た降旗たちは絶句した。
相田リコの情報収集能力も高校生の女子とは思えないほど、緻密で正確だった。
だけど黒子のデータはその上を行く。
実に細かくわかりやすく、相手校の特徴をまとめていた。
さらに誠凛の現在の戦力を考慮し、どう攻めるか作戦まで立てていたのだ。
「つかぬことを聞くけどさ、これ、合法?」
3年生だけのミーティングの場で、データを見た降旗が驚いている。
福田と河原もうんうんと頷く。
普通の偵察では、到底集めきれない情報量だからだ。
だが黒子はいつもの無表情で「合法ですよ。多分」と答えた。
「これを元に効率良く練習しましょう。的を絞れば勝機もあります。」
淡々と戦略を練る黒子に、3人は感心するばかりだ。
ここまでのデータを集めた方法は謎だ。
だけど黒子だからと言われれば、納得してしまう。
「でもさ。黒子、練習時間減ったけど大丈夫?」
「そうだね。スカウティングに時間取られたもんな。」
河原と福田が口々にもっともな不安を口にした。
黒子の外出が増え、部での練習時間が減っている。
最低限のコンビネーションの確認は何とかなっているが、大丈夫なのか。
「・・・大丈夫ですよ。」
黒子は珍しく一瞬黙り込んだが、すぐにいつも通りの無表情で頷いた。
最後のインターハイ、黒子なりにできることをしている。
2年間を共にした3人の仲間には、確かにその決意が伝わっていた。
*****
「・・・大丈夫ですよ。」
黒子は答えに戸惑い、一瞬の間が空いた。
だけど結局、最低限の言葉で答えるしかできなかった。
4月から5月にかけて、黒子はスカウティングに勤しんでいた。
その結果、結構なデータが集まった。
だが黒子の練習時間は減ってしまった。
そのことを指摘された黒子は「大丈夫」と曖昧な答えを返したのだ。
そう、実際大丈夫なのだ。
なぜならバスケプレイヤーとしての伸びしろを使い切ったから。
少なくても黒子はそう思っている。
だから現状維持できるだけの練習をすれば、それで良いと判断していた。
だけどそれを降旗たちに言うのは躊躇われた。
優しい彼らは「そんなことない」と真剣に言ってくれるだろう。
悲しい顔もするはずだ。
そんなことをさせるのは、黒子の本意ではない。
「それじゃ今日はここまでだね。」
降旗の言葉で、3年生だけのミーティングはお開きになった。
もうすでに外は暗く、1、2年生は先に帰宅している。
黒子は「お疲れ様でした」と頭を下げて、出て行こうとした。
「黒子、一緒に帰ろうよ。」
ドアに手をかけた黒子に、降旗が声をかける。
だが黒子は「すみません。今日は用事がありまして」と首を振った。
そしてもう一度一礼すると、今度こそ部室を出た。
どんどんバスケから遠くなっていく。
黒子は足早に歩きながら、そう思った。
当たり前だ。バスケに別れを告げるために頑張っている。
例えば今やっている偵察も、降旗たちが「合法?」と疑うほど細かい。
そして黒子は「多分」としか答えようがない。
通常あり得ないやり方で、情報を集めているからだ。
それがバスケから離れた自分の新しい生き方に繋がっている。
黒子はそういう職業に就くことを目指していた。
偵察はその訓練も兼ねている。
寂しさを感じながら、黒子は歩く。
実は今回の偵察で、バスケとは関係ない情報も得てしまった。
かつての仲間であるキセキの世代。
その中の何名かが近い将来見舞われるトラブルだ。
知らん顔することもできるが、今はしたくない。
火神君は元気かな?
黒子は不意にかつての相棒のことを思い出した。
自分の本能のままに、アメリカに行ってしまった男。
完全に影の世界に入る黒子とは対照的に、光の中で生き続ける男。
ひょっとして彼が今、日本にいたら。
道は違っていただろうか?
だが黒子は首を振った。
多分火神がいたら、ウィンターカップまではバスケをしただろう。
だがそれだけだ。
きっと結末は変わらない。
黒子はさらに歩調を早め、歩き続けた。
自由にできる時間は残り少ない。
だから今は友人のために、できることをしよう。
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