七光り同盟
カツン、カツン。
背後から聞こえる規則正しい音に、律は思わず振り返る。
すると松葉杖をついた青年が、こちらに向かって進んでくるのが見えた。
小野寺律は4月に、三星学園大学の経営学部に入学したばかりの1年生だ。
入学式からオリエンテーション等々のイベントを経て、授業が始まってからほぼ1ヶ月。
少しだが大学という場所に慣れ、生活にも慣れてきた。
今日は2時限目からの授業なので、時間も余裕がある。
広い大学敷地内の緑を楽しみながら、律はゆったりと散歩感覚で次の講義の教室へ向かう途中だった。
松葉杖の青年も、おそらくここの学生だろう。
そしておそらく律と同じ1年生だ。
律もどちらかと言えば童顔で、よく「高校生?」なんて聞かれたりする。
だがこの青年は律以上に、幼く見える。
もしかしたらここの学生ではなく、見学に来た高校生だろうか?
でもあまり詳しくはないのだが、5月は見学に来るような時期ではないような気もする。
そうこうしているうちに青年は律に追いつき「こん、にちは」と声をかけてきた。
き、近代、経営、学、の、教室、こっち、ですか?
松葉杖の青年は、吃音気味にそう聞いてきた。
それを聞いた律は「そうだけど」と答えながら、首を傾げた。
近代経営学。
それは今からまさに律が受けようとしている講義だ。
1、2年生がメインで、受講しているのは数十名程度。
だがこの青年の顔は見たことがない。
そもそもいつも同じ場所でやっているのだから、受けているなら場所を聞く必要などない。
オ、オレ、しばらく、入院、してて。
だから、授業、受け、始めたの、最近、で、だから。
怪訝な顔の律に、青年は説明してくれた。
律は「なるほど」と納得すると「一緒に行く?」と誘った。
ちなみにオレも1年だから。敬語はいらないよ。
律がそう告げると、青年は「そ、か」と笑う。
その笑顔が何となく寂しそうに見えるのは、その怪我のせいなのか。
だが初対面でそこに踏み込むのが、さすがに厚かましいだろう。
オレ、経営学部1年の小野寺律。よろしく。
律がそう告げると、青年は「オ、オレも、経営、学部、1年!」と勢い込んで答えた。
そして少しためらいがちに「三橋、廉、です」と名乗った。
三橋廉。
その名を聞いて、律は「あ!」と声を上げた。
彼はもうすでに有名人だったからだ。
スポーツ推薦で進学したが、入学式直前で交通事故に遭った新1年生。
普通だったら、そこで入学取り消しだ。
例え本人に非はなくても、スポーツ推薦なのに部を続けられなければ、学校にはいられない。
それなのに入学して、大学に居続けられるのは、学長の孫だからだと噂されていた。
君が三橋君かぁ。
律がそう告げると、廉はビクリと身体を震わせた。
その拍子に松葉杖が倒れそうになり、律が慌てて支える。
すると廉は「す、すみ、ません」と答えて、そのまま行き過ぎようとした。
おそらく噂は彼の耳に入っており、少なからず傷ついているのだろう。
律はゆっくりと廉の松葉杖を押さえ、行く手を遮った。
焦ったら危ないよ。一緒に行こうって言っただろ。
律はそう言ってから、松葉杖を離した。
そして「君のペースで歩いてみて。合わせて歩くから」と続ける。
廉は不思議そうな顔で律を見ると「いいの?」と聞いてきた。
スポーツ、推薦、枠、1つ、ダメに、したって。
部の、センパイに、イヤミ、言われて。だから、オレ
廉は俯きながら、そう言った。
かわいそうに、結構いろいろ言われて追い詰められたらしい。
それにその手の話題なら、律にも思い当たることがある。
実はオレも、ちゃんとした入学じゃないんだ。
律は廉の耳元に唇を寄せると、声を潜めてそう告げた。
廉は「へ?」と間の抜けた声を上げる。
本当に大学生かと思うくらい隙だらけの顔に、律は意外とかわいいと思った。
オレの家、金持ちでさ。
この大学への推薦枠を、金で買ったんだ。
律は明るく、白状した。
廉は思わず「嘘、だぁ」と言ったので、律は「本当だよ」と笑顔で返した。
そんな話も追々しようよ。
オレ、君とは仲良くなれそうな気がする。
改めてよろしくね。廉君。
で、とりあえず、近代経営学はこっち。
律は敷地の最奥の校舎を指さすと、ゆっくりと歩き出した。
廉は「こちら、こそ!」と勢いよく叫ぶと、律の隣に並ぶ。
律は「七光りって、めんどくさいよな」と振ると、廉はコクコクと何度も頷いた。
人に話せば「贅沢な!」と切り捨てられるような、悩み。
それを共有できるとすれば、貴重な友人だ。
カツン、カツン。
松葉杖の音が、心地よく響いた。
律と廉の「七光り」で結ばれた友情は、こうして始まったのだった。
背後から聞こえる規則正しい音に、律は思わず振り返る。
すると松葉杖をついた青年が、こちらに向かって進んでくるのが見えた。
小野寺律は4月に、三星学園大学の経営学部に入学したばかりの1年生だ。
入学式からオリエンテーション等々のイベントを経て、授業が始まってからほぼ1ヶ月。
少しだが大学という場所に慣れ、生活にも慣れてきた。
今日は2時限目からの授業なので、時間も余裕がある。
広い大学敷地内の緑を楽しみながら、律はゆったりと散歩感覚で次の講義の教室へ向かう途中だった。
松葉杖の青年も、おそらくここの学生だろう。
そしておそらく律と同じ1年生だ。
律もどちらかと言えば童顔で、よく「高校生?」なんて聞かれたりする。
だがこの青年は律以上に、幼く見える。
もしかしたらここの学生ではなく、見学に来た高校生だろうか?
でもあまり詳しくはないのだが、5月は見学に来るような時期ではないような気もする。
そうこうしているうちに青年は律に追いつき「こん、にちは」と声をかけてきた。
き、近代、経営、学、の、教室、こっち、ですか?
松葉杖の青年は、吃音気味にそう聞いてきた。
それを聞いた律は「そうだけど」と答えながら、首を傾げた。
近代経営学。
それは今からまさに律が受けようとしている講義だ。
1、2年生がメインで、受講しているのは数十名程度。
だがこの青年の顔は見たことがない。
そもそもいつも同じ場所でやっているのだから、受けているなら場所を聞く必要などない。
オ、オレ、しばらく、入院、してて。
だから、授業、受け、始めたの、最近、で、だから。
怪訝な顔の律に、青年は説明してくれた。
律は「なるほど」と納得すると「一緒に行く?」と誘った。
ちなみにオレも1年だから。敬語はいらないよ。
律がそう告げると、青年は「そ、か」と笑う。
その笑顔が何となく寂しそうに見えるのは、その怪我のせいなのか。
だが初対面でそこに踏み込むのが、さすがに厚かましいだろう。
オレ、経営学部1年の小野寺律。よろしく。
律がそう告げると、青年は「オ、オレも、経営、学部、1年!」と勢い込んで答えた。
そして少しためらいがちに「三橋、廉、です」と名乗った。
三橋廉。
その名を聞いて、律は「あ!」と声を上げた。
彼はもうすでに有名人だったからだ。
スポーツ推薦で進学したが、入学式直前で交通事故に遭った新1年生。
普通だったら、そこで入学取り消しだ。
例え本人に非はなくても、スポーツ推薦なのに部を続けられなければ、学校にはいられない。
それなのに入学して、大学に居続けられるのは、学長の孫だからだと噂されていた。
君が三橋君かぁ。
律がそう告げると、廉はビクリと身体を震わせた。
その拍子に松葉杖が倒れそうになり、律が慌てて支える。
すると廉は「す、すみ、ません」と答えて、そのまま行き過ぎようとした。
おそらく噂は彼の耳に入っており、少なからず傷ついているのだろう。
律はゆっくりと廉の松葉杖を押さえ、行く手を遮った。
焦ったら危ないよ。一緒に行こうって言っただろ。
律はそう言ってから、松葉杖を離した。
そして「君のペースで歩いてみて。合わせて歩くから」と続ける。
廉は不思議そうな顔で律を見ると「いいの?」と聞いてきた。
スポーツ、推薦、枠、1つ、ダメに、したって。
部の、センパイに、イヤミ、言われて。だから、オレ
廉は俯きながら、そう言った。
かわいそうに、結構いろいろ言われて追い詰められたらしい。
それにその手の話題なら、律にも思い当たることがある。
実はオレも、ちゃんとした入学じゃないんだ。
律は廉の耳元に唇を寄せると、声を潜めてそう告げた。
廉は「へ?」と間の抜けた声を上げる。
本当に大学生かと思うくらい隙だらけの顔に、律は意外とかわいいと思った。
オレの家、金持ちでさ。
この大学への推薦枠を、金で買ったんだ。
律は明るく、白状した。
廉は思わず「嘘、だぁ」と言ったので、律は「本当だよ」と笑顔で返した。
そんな話も追々しようよ。
オレ、君とは仲良くなれそうな気がする。
改めてよろしくね。廉君。
で、とりあえず、近代経営学はこっち。
律は敷地の最奥の校舎を指さすと、ゆっくりと歩き出した。
廉は「こちら、こそ!」と勢いよく叫ぶと、律の隣に並ぶ。
律は「七光りって、めんどくさいよな」と振ると、廉はコクコクと何度も頷いた。
人に話せば「贅沢な!」と切り捨てられるような、悩み。
それを共有できるとすれば、貴重な友人だ。
カツン、カツン。
松葉杖の音が、心地よく響いた。
律と廉の「七光り」で結ばれた友情は、こうして始まったのだった。
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