タイムリープ・ゼロ 【結】の章 ~その3~

「なんでやねん!」
軽快なトークがスタジオに響き渡る。
そして憂太は心の中で「なんで関西弁?」とツッコミを入れた。

乙骨憂太は混乱していた。
少し前まで、夏油一味のアジトにいたはずだった。
そこへ五条が襲撃を仕掛けていた。
瀕死の重傷で逃げる夏油に、憂太は問うた。
物騒な野望を捨てるか、それともここで死ぬか。

「どちらも選ばない」
夏油は憂太を抱きしめながら、そう答えた。
その瞬間、視界が大きく歪んで意識が飛んだ。
そして気が付いたら、ここにいたのだ。
ここはテレビ局のスタジオ。
現在、バラエティ番組の収録中で憂太は観覧席に座っていた。
そして中央のセットの中に、お揃いのスーツ姿の五条と夏油がいた。

何だ、これ?
首を傾げた瞬間、記憶が嵐のようになだれ込んできた。
憂太はまたしてもタイムリープしていた。
日付は五条に手を差し伸べられ、呪術高専に導かれるるあの日に戻っている。
だが呪いなどない、平和な世界に変わっていた。
五条悟と夏油傑はお笑い芸人となり、コンビで活躍している。
憂太は芸能界とは一切関係ない、一般人だ。
だけど百鬼夜行を何度も繰り返した記憶も残っている。
そしてこの世界で生きている記憶もちゃんとあった。

それにしても、祓ったれ本舗って。
憂太は冷ややかにツッコミを入れていた。
彼らはもう呪術師ではないのに、何とも微妙なコンビ名だ。
だけどこれがあのタイムリープの結果であるなら、大団円ではなかろうか。
五条も夏油も楽しそうにスポットライトを浴びて笑っている。
彼らの軽妙な掛け合いは面白く、人々を笑顔にしているのだ。
彼らが争うこともなく、呪術師が無駄に死ぬこともない。
思っていたのとはかなり違うが、これはこれでハッピーエンドと言えなくもない。

だけどすべて良しってわけじゃない。
憂太はこっそりと肩を落としながら、そう思った。
視線の先にはエピソードトークを展開する五条と、時折合いの手を入れる夏油がいる。
彼らにはもう呪力はない。
だけど憂太はそうじゃないのだ。
この世界の憂太の瞳は夏の空の青さを閉じ込めたような青だった。
つまり呪力があり、六眼を持ってしまっているのだ。
ちなみに五条は深海のような藍色、タイムリープ前の憂太の色である。

さらに気になることに、このスタジオの中に呪力を持った人間がもう1人いる。
彼は憂太と同じ、スタジオ観覧の一般人だ。
名前は知らないが、憂太と同じくらいの年齢の若い男。
だけどその強い呪力は、前の世界なら1級程度と思われる。
六眼はしっかりと憂太にそれを教えてくれていた。

「なんでやねん!」
スタジオでは収録も終盤、夏油がボケて、五条がツッコミを入れていた。
憂太は心の中で「何で関西弁?」とツッコミを重ねながら、考える。
この世界では、憂太と五条は昔2、3回会ったことがある程度の遠縁の親戚だ。
そしてこの収録の後、面会することになっていた。
お笑い芸人として忙しい五条は、ハウスキーパーを捜していた。
それを知った憂太の両親が、息子を推したのだ。
そこでとりあえず久しぶりに会うことになり、この収録に招待されたのだ。

だけどそれどころじゃないよね。
憂太は五条のトークで湧くスタジオの中で、1人だけ冷めていた。
前の世界でのことを思えば、五条と夏油には会わない方が良いだろう。
彼らには呪いなど知らずに、このまま笑っていて欲しいから。
それに今はとにかくあの青年だ。
呪力を持った名も知らぬ彼を逃してはならない。

そして収録が終わった。
出演していた芸能人たちは、観覧客に手を振りながら楽屋へと戻っていく。
だが憂太はそれを見送る余裕さえなかった。
さっそくあの呪力を持った若い男に声をかけたいのだが、何と言ったら良いのだろう?
いきなり「呪い、見えますか?」とは聞きにくい。
だがその心配は不要だった。
何と相手の方から、憂太に声をかけてきた。
しかもその第一声は信じられないものだった。

「乙骨センパ~イ!!」
かの少年は勢いよく憂太に駆け寄ってきて、抱きしめたのだ。
憂太は彼の腕の中で「どちらさま?」と問う。
少年はそれを聞いて「覚えてないかぁ」と肩を落とした。

これが乙骨憂太と虎杖悠仁の出会いだった。
虎杖もまた数奇な運命を辿って、ここにいる。
こうして新旧2人の主人公の新たな物語が始まった。
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