タイムリープ・ゼロ 【結】の章 ~その1~

「どうして何も喋ってくれないのかな?」
五条はこれまでに受け持った中で飛びぬけて一番の問題児に問う。
だけどかの少年は「すみません」と詫びるだけだった。

夏油のアジトを突き止めた五条はそこに乗り込んだ。
誘拐された生徒、乙骨憂太を取り返すためだ。
そして夏油に一撃を食らわせたものの、見失う。
だがその後、隠し通路でようやく発見した。
抱えた膝に顔を埋め、泣いている乙骨。
その乙骨を長い腕で絡めとるように抱きしめている夏油。
夏油はその状態で事切れており、亡骸から乙骨の呪力の残穢を感じた。
つまり乙骨が自分を抱きしめた夏油にとどめを刺したということだ。

五条は乙骨を連れて、呪術高専に戻った。
もちろん夏油の亡骸も回収させた。
夏油一味の他の呪詛師はもう逃げた後だった。
だけどそれは大した問題ではなかった。
五条としては、乙骨と夏油さえ回収できればそれで良かった。

だが高専に戻って、新たな問題が発生した。
乙骨が何も喋らないのだ。
五条としては、乙骨から事情を聞いて報告書を書けば終わりと思っていた。
夏油を殺したことで、乙骨は罪に問われないはずだ。
元々死刑命令が出ていたし、誘拐犯でもある。
一般的な法に照らせば重罪だろうが、呪術師の世界では問題ない。

「どうして何も喋ってくれないのかな?」
五条は乙骨に問うた。
軽口を装っても、ウンザリした気持ちが滲んでしまう。
だけど乙骨は「すみません」と詫びるだけだ。
その口調も表情も、少しも悪いと思っているようには感じない。

「喋ってくれないと、いつまでも出られないよ?」
五条はさらに詰め寄るが、乙骨はまた「すみません」だ。
ちなみにここは高専の中の普段は使われない部屋。
扉も壁や窓も頑丈な上に鍵が何個もついており、呪力で結界も張られている。
つまり閉じ込めるための部屋であり、乙骨は軟禁されている。
それもこれも乙骨が何も喋らないから、こうなっているのだ。

「ずっと喋らないつもりかな?」
「時が来たら、ちゃんと話しますよ。」
「時?いつまで待てばいいの?」
「多分、そんなに長くはかかりません。」
「よくわからないんだけど」
「すみません」
また「すみません」だ。
五条はそんなに気が長くないと、心の中で文句を言う。
口に出して言ったところで、きっとまた「すみません」だろう。

「ねぇ。傑のことをどう思った?」
「え?」
「これは事情聴取じゃなくて雑談。報告書には書かないよ。」
「・・・本当は優しくて穏やかな人だと思いました。」
「そうなの?」
「はい。きっと五条先生と同じです。」
寂しげに笑う乙骨を見て、五条の心が揺れた。
湧き上がるのは2つの感情。1つは喜びだ。
呪詛師と成り果てたかつての親友は、本当は優しい男だった。
それを自分以外にも理解してくれている者がいるのが嬉しい。
彼のありのままの表情を、きっと乙骨もずっと覚えていてくれるだろう。

もう1つは嫉妬だった。
夏油と乙骨の間には、五条が知らない絆があるように見えた。
誘拐された後、彼らの間に何があったのか。
友情?敬愛?まさか恋愛?
そして自分はどちらに嫉妬を感じているのだろう。

五条がため息をついたところで、強力な呪力を感じた。
おそらくは数名だろう。
高専所属の呪術師や関係者のものではない。
正体不明の呪術師、いや呪詛師が高専の敷地内に侵入したのだ。
五条は舌打ちをすると、乙骨に「また来る」と言い残して部屋を出た。

「これって、あのペリカンの中にいたヤツらか?」
五条は呪力を感じる方向に進みながら、ひとりごちた。
乙骨が夏油に誘拐されたとき、五条はあと少しのところまで追撃した。
だが一瞬遅く、乙骨はペリカン呪霊の口に放り込まれた。
その時に感じた呪力によく似ている気がする。

「つまり奪還に来たってことかな?」
五条は形の良い唇を歪めて笑った。
ちょうど良い。片付けてやる。
今はちょうど機嫌が悪いし、暴れたい気分なのだ。

侵入者はグラウンドにいた。
若い男女と女子高生2人、そして外国人が2人だ。
それを高専の術師たちが遠巻きにしている。
侵入者たちも手練れであることがわかったからだ。
五条は先んじて、彼らに近づこうとする。
だがその五条より前に、侵入者の前に進み出た者がいた。

「お待ちしてました。みなさん」
笑顔で警戒することもなく、スタスタと彼らの元に向かうのは乙骨だった。
絶対に出られないはずの部屋からあっさり脱出したのだ。
さらに五条の先回りまでして、今ここに立っている。
五条はその間に割って入ろうとしたが、夜蛾に「待て、悟」と止められた。
有無を言わせぬ口調に、五条は不本意ながら従った。
まずが様子を見ろということだ。
彼らが何をしたいのか、見定めるチャンスなのだ。

「乙骨憂太は僕の生徒です。あの子が危なくなったら出ますからね」
五条はそこだけは譲れないとばかりに宣言し、事態を見守ることにした。
だけど乙骨の背中からは目を離さない。
絶対にもう奪わせないと強く心に誓っていた。
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