タイムリープ・ゼロ 【承】の章

「それで足りるの?」
五条は乙骨の手元を見ながら、素朴な疑問を口にする。
乙骨は首を傾げながら「充分ですよ」と答えた。

五条と乙骨を含めた数名の生徒は、新幹線の中にいた。
向かう先は京都。
明日から京都姉妹校交流戦で、そのために移動中だった。
五条はのほほんと「電車の中では静かにね~」と声を張る。
気分は修学旅行の引率、今のところは平和だ。

乙骨憂太を遠征メンバーに加えるかどうかは最後まで迷った。
彼の心の奥底が読めなかったからだ。
だけどそんなふわりした感想を述べている場合ではなくなった。
総監部から「乙骨は絶対に出せ」と命令が下ったのだ。

これには怒りを通り越して笑えた。
秘匿死刑にすると決めたのは誰だ?
高専に引き取ると言ったとき、里香を出すなと命じたのは?
それなのに「交流戦に出せ」と言う。
おそらく特級過呪怨霊を一目見たいという好奇心だろう。

迷った末に、五条は乙骨をメンバーに入れた。
単純に2、3年生では人数が足りないというのがある。
それに五条もまた一度も祈本里香を見ていないのだ。
見てみたいと好奇心は疼いている。
だから乙骨もこうして新幹線に乗っていた。
総監部の望み通りになるのは癪だが、仕方ないと割り切った。

そして現在、呪術高専東京校御一行様は新幹線で移動中だった。
他の生徒たちは席に座り、弁当を食べている。
代金は全て五条持ちだが、みんな遠慮がない。
東京駅で高価な弁当を買い込み、ガツガツと食べている。
秤などはボリュームのある肉系のものを5つも買っていた。
ちなみにビールも所望されたのだが、さすがにそれは却下した。

この子たち、一応呪術師として収入もあるはずなんだけど。
五条はそんな彼らをチラリと見て、ため息をついた。
とは言え別にこの程度の出費など、五条にすれば痛くも痒くもない。
ただその食欲に若さを感じ、自分が年取ったような気になっただけだ。

そんな中、五条の隣にちょこんと座っている少年、乙骨だけは違った。
彼が両手で包むように持っているのは、紙パックの野菜ジュースだ。
それを開けるではなくただ手に持って、ぼんやりと窓の外を見ていた。

「それで足りるの?」
五条は乙骨の手元を見ながら、素朴な疑問を口にした。
今日は移動中のこれが昼食になるというのに。
育ち盛りの高校生男子が、それでいいのか?
もしかして五条におごられるつもりはないという意思表示なのか。
だけど乙骨は首を傾げながら「充分ですよ」と答えた。

「ここでお弁当をいただいたら、夕飯が入らなくなるので」
「そうなの?」
「はい。それに僕、お肉はそんなに好きじゃなくて」
「だから君、筋肉がつかないんだよ!」
「わかってます。普段は無理して食べてますけど」
「無理してるんだ。。。」
「でも今日はチートディなんで」

乙骨は柔らかな微笑を浮かべ、視線を窓の外に戻した。
五条は一瞬、その表情に見惚れてしまう。
いつも冷静であまり笑わない少年。
だけど今の笑顔はごく自然で、可愛らしい。

バカなことを。生徒だぞ?
五条はすぐに我に返り、思考を無理矢理切り替えた。
そして乙骨のセリフの意味を考える。
チートディって何だよ。ウケる。
普通、食事制限をしている者が爆食いするのがチートディだろう。
だけど乙骨は逆らしい。
日頃無理して食べているのを、食べなくていいのが彼のチートディらしい。

何だか今日はいつもと違う。
五条は普段と違う乙骨に戸惑いつつ、確信していた。
こちらの乙骨が本当で、普段の固い表情は仮面なのだろう。
何がきっかけで、何でチートディかは知らない。
だけど今日の乙骨の方が、可愛いと思った。

当の乙骨は何も気づくことはなかった。
五条の心の内など、知る由もない。
どのタイムリープでも、今この時に五条の心が変わり始めることを。
そして毎回、一方的な片想いではないということも。
もしも今、乙骨がタイムリープの話をしたら、五条は信じたかもしれない。
だけどそんなささいな兆しはやり過ごされ、一行は京都に向かっていた。
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