タイムリープ・ゼロ 【起】の章

「1人は寂しいよ?」
黒ずくめの大男が、静かに告げる。
だけど相対していた少年は、静かに首を振った。

呪われた少年、乙骨憂太は封印の間にいた。
その身分は特級被呪者。
幼なじみの少女が特級過呪怨霊になり、取り憑いた。
彼女は憂太に危害を加えようとする人間に、容赦なく攻撃をする。
今回も憂太にイジメを行なった男子生徒4人に重症を負わせ、ロッカーに詰めた。

そして憂太はここに連れてこられたのだ。
照明は灯篭のみ。
天井から壁からやたらめったらお札が貼られた不気味な部屋だ。
秘匿死刑が言い渡され、その執行を待つ身。
理不尽な、だが穏やかな日々を過ごしていた。

だけどそれは、あと少しで終わる。
もうすぐここに黒ずくめの男が現れる。
白銀の髪、目を包帯で隠した男が憂太を連れに来るのだ。
憂太には、そのことがわかっていた。

なぜなら憂太は少し前まで、約10か月後の世界にいたのだ。
12月24日、百鬼夜行と呼ばれるあの事件の時、幼なじみの少女の呪いを解いた。
彼女、祈本里香は成仏して、光の玉となり、天に昇って行った。
1人残された憂太は年を越し、四級呪術師として再スタートを切った。
そして特級に返り咲いた直後、なぜか突然時を遡り、この部屋に戻ったのだ。
そしてそれをもう10回以上繰り返している。
世にいう「タイムリープ」というやつである。

何でこうなってる?
憂太は何度も自問自答を繰り返したが、答えは出ない。
最初に戻った時には、それはもう混乱した。
すっかり気を許し、信頼したはずの黒ずくめの男は、まるで初対面のような口振り。
まさかと思い、恐る恐る「僕、タイムリープしたみたいです」と告げてみる。
だけど「何それ、ウケる~」と笑われ、聞き流されてしまった。

そこから憂太は前向きに切り替えた。
もう1回できるなら、そして経緯も結末も知っているなら。
黒ずくめの男は、親友を自らの手で殺さなくてはならなくなる。
その悲劇をなんとか防ぐことはできないか?

2回目の百鬼夜行で、それはできた。
憂太自身の手で、夏油傑を殺すところまでやれたのだ。
タイムリープで元に戻っても、積み重ねた鍛錬の結果は身体に残っていたからだ。
身体の成長は戻るのに、なぜ術式だけは残るのかは不可解としか言いようがない。
だが2年分の鍛錬を積んだ憂太は、1回目より格段に強かった。
だから1回目であれほど苦戦した夏油を、葬ることができたのだ。

だがもう1度、つまり3回目に突入した時には、絶望した。
まだやらなくてはならないのか。
いつまで続くのか。
これはいったい何の呪いなのか。

だけどこうなったからには、と開き直った。
どうせなら百鬼夜行そのものを止められないか?
百鬼夜行で命を落とした人がいる。
負傷した人も数知れず、被害は甚大なのだ。
これ自体を防ぐことができれば、みんなが幸せではないか。

だがここからが地獄の始まりだった。
いろいろ試したところで、多少シナリオが変わるだけ。
何回も訪れた12月24日、百鬼夜行はまた起こる。
そしてそこから約3か月後、またこの場所に戻るのだ。
何度繰り返しても変わらない。終わらない。
結局10回を超えるタイムリープ、トータルで約10年。
憂太は時の狭間に閉じ込められてしまっているのだ。

憂太は手に持っているナイフをじっと見た。
憂太を殺しに来て、返り討ちにあった呪術師の忘れ物だ。
這う這うの体で逃げかえるとき、捨て台詞とともに置いていった。
死にたいなら、それでさっさと死ねと。
1回目の時とは違って捻じ曲がっておらず、原型を留めている。

ずるいよ。里香ちゃん。
憂太はもう何度繰り返したかわからない愚痴を、心の中でそっと呟いた。
最愛の少女はもういない。
彼女は1回目のときに成仏して、消えてしまった。
だから2回目以降に付き添ってくれているのは、術式の「リカ」だ。
呪いにしてしまい、6年も連れまわしてしまったことを申し訳なく思っている。
だけどさっさと時のループを抜けて、天に還った彼女を羨ましくも思うのだ。

ちなみにタイムリープで戻るのは、黒ずくめの男が現れる直前。
他の術師たちが返り討ちにあうのは、それより前だ。
つまり実際の時間ではつい先日でも、今の憂太にとっては10年前の出来事になる。
憂太はそれを少し残念に思った。
今だったら、もう抵抗などしない。
だってもう疲れたし、面倒だったから。
仮にナイフで喉をついても「リカ」は邪魔しない。
ではこの部屋を出ることなく、このナイフで喉をついたらどうなるのだろう。
全て終わりになるのか、それともまだループが続くのか。

でも憂太はそれを試すことはなかった。
ナイフを顔の横に掲げ「リカ、持ってて」と告げる。
すかさず「はぁい」と答えがあり、白い手が伸びて、受け取ってくれた。
そしてリカが消えたのを見計らったように、待ち人が現れた。

「乙骨憂太君」
「今日から新しい学校だよ」

目の前に今回は初対面の、でもよく知っている男が立っていた。
そしてもう何回も聞いたフレーズを口にする。
憂太は静かに「行きません」と首を振る。
男が「でも1人は寂しいよ?」と問うけど、気持ちは揺れなかった。

「1人じゃないから寂しくないとは、限りません。」
憂太は静かに首を振りながら、そう答えた。
誰にも知られず、繰り返される孤独なタイムリープ。
これ以上に寂しいことなんて、きっと他にはない。

それでもナイフを使わなかったのは、この男に会いたかったからだ。
1回目のループで、憂太は恋に堕ちた。
白銀の髪と青い瞳の美しい最強の男。
憂太は長い長いタイムリープの中で、五条悟を切ないほど愛していた。
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