第9話「タカヤ」
「稲嶺司令。聞いていただきたいことがあります。」
柴崎が思い切って口火を切ると、稲嶺は「もしかして彼のことでしょうか?」と問われた。
やはり、この人も同じことを考えていたのか。
柴崎は改めて関東図書基地のトップの偉大さを思い知ったのだった。
正化32年4月。
この時期の図書館は慌ただしい。
図書隊は新しい隊員を迎えるし、他基地からの転属者も多い。
また入学や卒業、就職や転勤などで利用者の顔ぶれも変わる。
館内や寮内には、まだ勝手がわからない者たちが溢れかえるのだ。
そんな中、柴崎麻子は人知れず悔しい思いをしていた。
稲嶺司令が秘かに立ち上げた実験情報部。
柴崎は昨年、錬成期間が終わって配属されるときに、稲嶺から直々に打診された。
業務部に所属しながら、情報部員として働いてみないかと。
もちろん一も二もなく、了承した。
情報戦はもっとも得意とするところであり、自分の最大の武器で本が守れると思うと嬉しかった。
だが今の柴崎の立場は、実に微妙だった。
図書隊内部の情報が洩れているのではないかと疑わしい事件が起こった。
稲嶺の誘拐、小牧の良化隊への連行、そして年度末の検閲。
それらの全てで情報漏えいが可能だったのはほんの数名で、その中に柴崎も含まれている。
そのせいだろう。
実験情報部で何名かの候補生が正式な情報部員になる中、柴崎は候補生のまま据え置かれた。
その誰よりも自分の方が優秀と自負する柴崎としては悔しい限りだが、身の潔白を証明するすべがない。
だから何とかして状況を打破したい柴崎は、ある事実を発見したのだ。
「稲嶺司令。聞いていただきたいことがあります。」
意を決して司令室を訪れ、切り出した。
だが稲嶺は少しも驚いた様子もなく「もしかして彼のことでしょうか?」と穏やかに笑っている。
やはり、この人も同じことを考えていたのか。
稲嶺はそんな柴崎に「あなたの意見を聞かせてください」と告げた。
「一連の情報漏えいと思われる事件、犯人は隊員食堂の三橋廉さんではないかと疑っています。」
「その根拠は」
「根拠はこれです。」
柴崎は稲嶺の前に一枚の書類を示した。
それは4月にメディア良化委員会が発行した検閲に関する資料だ。
年度初めに新たに検閲対象になった図書や作家の一覧。
その最後に検閲対象から外された図書が備考として、記されていた。
「この検閲対象から外された本の作者、三橋尚江氏は三橋廉さんの母親です。」
「そうですね。」
「やはり御存知でしたか。」
「彼が隊員食堂に現れた時から、この可能性を考えていました。」
稲嶺は穏やかな微笑のまま、あっさりと認めた。
1度検閲対象にされた図書が外されるのは、かなり珍しい。
今までにそういう図書がないわけではなかったが、いずれも何らかの裏取引があるとされていた。
例えばメディア良化法を支持する代議士に献金をするなど。
とにかく簡単には外してもらえないものであり、当然「三橋尚江」に関しても何かあるはず。
つまり三橋が情報を漏えいすることではないかと、柴崎は考えたのだ。
そしてそれは基地司令である稲嶺も、懸念していたことだった。
「実は以前、三橋尚江さんは図書隊に助けを求めてきたことがあるのです。」
「え?」
「著書を検閲対象に指定されたことで、賛同団体から脅迫や嫌がらせがあったのでしょう。」
「でも図書隊は動いていませんよね?」
「ええ。そのときはとても人員がさけないのでお断りしました。」
柴崎は返す言葉もなく、息を飲んだ。
図書隊が動かないので、その代わりに良化隊に助けを求めたのだとしたら。
そしてその見返りに、三橋が図書隊をスパイしているのだとしたら。
もしもそうなら、いったいどれほどの情報が良化隊に漏れているのだろう。
柴崎が思い切って口火を切ると、稲嶺は「もしかして彼のことでしょうか?」と問われた。
やはり、この人も同じことを考えていたのか。
柴崎は改めて関東図書基地のトップの偉大さを思い知ったのだった。
正化32年4月。
この時期の図書館は慌ただしい。
図書隊は新しい隊員を迎えるし、他基地からの転属者も多い。
また入学や卒業、就職や転勤などで利用者の顔ぶれも変わる。
館内や寮内には、まだ勝手がわからない者たちが溢れかえるのだ。
そんな中、柴崎麻子は人知れず悔しい思いをしていた。
稲嶺司令が秘かに立ち上げた実験情報部。
柴崎は昨年、錬成期間が終わって配属されるときに、稲嶺から直々に打診された。
業務部に所属しながら、情報部員として働いてみないかと。
もちろん一も二もなく、了承した。
情報戦はもっとも得意とするところであり、自分の最大の武器で本が守れると思うと嬉しかった。
だが今の柴崎の立場は、実に微妙だった。
図書隊内部の情報が洩れているのではないかと疑わしい事件が起こった。
稲嶺の誘拐、小牧の良化隊への連行、そして年度末の検閲。
それらの全てで情報漏えいが可能だったのはほんの数名で、その中に柴崎も含まれている。
そのせいだろう。
実験情報部で何名かの候補生が正式な情報部員になる中、柴崎は候補生のまま据え置かれた。
その誰よりも自分の方が優秀と自負する柴崎としては悔しい限りだが、身の潔白を証明するすべがない。
だから何とかして状況を打破したい柴崎は、ある事実を発見したのだ。
「稲嶺司令。聞いていただきたいことがあります。」
意を決して司令室を訪れ、切り出した。
だが稲嶺は少しも驚いた様子もなく「もしかして彼のことでしょうか?」と穏やかに笑っている。
やはり、この人も同じことを考えていたのか。
稲嶺はそんな柴崎に「あなたの意見を聞かせてください」と告げた。
「一連の情報漏えいと思われる事件、犯人は隊員食堂の三橋廉さんではないかと疑っています。」
「その根拠は」
「根拠はこれです。」
柴崎は稲嶺の前に一枚の書類を示した。
それは4月にメディア良化委員会が発行した検閲に関する資料だ。
年度初めに新たに検閲対象になった図書や作家の一覧。
その最後に検閲対象から外された図書が備考として、記されていた。
「この検閲対象から外された本の作者、三橋尚江氏は三橋廉さんの母親です。」
「そうですね。」
「やはり御存知でしたか。」
「彼が隊員食堂に現れた時から、この可能性を考えていました。」
稲嶺は穏やかな微笑のまま、あっさりと認めた。
1度検閲対象にされた図書が外されるのは、かなり珍しい。
今までにそういう図書がないわけではなかったが、いずれも何らかの裏取引があるとされていた。
例えばメディア良化法を支持する代議士に献金をするなど。
とにかく簡単には外してもらえないものであり、当然「三橋尚江」に関しても何かあるはず。
つまり三橋が情報を漏えいすることではないかと、柴崎は考えたのだ。
そしてそれは基地司令である稲嶺も、懸念していたことだった。
「実は以前、三橋尚江さんは図書隊に助けを求めてきたことがあるのです。」
「え?」
「著書を検閲対象に指定されたことで、賛同団体から脅迫や嫌がらせがあったのでしょう。」
「でも図書隊は動いていませんよね?」
「ええ。そのときはとても人員がさけないのでお断りしました。」
柴崎は返す言葉もなく、息を飲んだ。
図書隊が動かないので、その代わりに良化隊に助けを求めたのだとしたら。
そしてその見返りに、三橋が図書隊をスパイしているのだとしたら。
もしもそうなら、いったいどれほどの情報が良化隊に漏れているのだろう。
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