第8話「黒星」
「嘘!ない!!」
書架の前で、郁は思わず声を上げていた。
目的の図書はそこにはなく、ただその厚み分の小さな空間があるだけだった。
2月下旬、年明け初の検閲があった。
代執行に挙げられていた図書は10冊ほど、いずれも今年に入ってから検閲対象になったものだ。
時刻は夕方、もうすぐ閉館時刻だ。
つまり利用者のことを気にせず、戦えるということだ。
これは長い戦闘になる。
郁は淡々と身支度を整えながら、呼吸を整えた。
郁1人で使っている女子更衣室、普段は寂しいがこのときだけはありがたいと思う。
誰もいない静寂の中で、気持ちを落ち着かせることができるからだ。
絶対に図書は渡さない、そのためにできるのは仲間を信じて戦うことだけ。
戦闘服に着替えた郁は「よし!」と小さく気合いを入れると、更衣室を飛び出した。
「対象図書を書庫に格納、堂上班に一任する!」
堂上班が揃うなり、指示が出た。
今回の対象図書10冊は、作家もジャンルもまちまち。
つまり館内のあちこちに散らばっている状態だ。
これを堂上班4人でかき集めて、地下書庫に格納する。
それが最初に下されたミッションだった。
郁に割り当てられた2冊は、比較的わかりやすい場所にある本だった。
堂上と手塚は3冊、小牧はわかりにくい場所にある専門書を2冊。
おそらくこれは日頃の事務処理能力によるものだと思う。
それを少しだけ悔しいと思った郁だが、今はそれどころではないと思い直した。
目的の図書を1秒でも早く回収するのが、今の郁の使命だ。
だがその図書が格納されている場所には、何もなかった。
ただ本の厚みの分だけ、隙間が空いているだけだ。
もしかして貸し出し中?
郁は慌ててもう1冊の本の場所まで来てみたが、それもない。
同じように1冊分の隙間があるだけだ。
「笠原です!対象図書が1つもありません!」
郁は無線に向かって、慌てて呼びかけた。
そうしながらも書架の番号を確認しながら、もう1度捜してみる。
それでもやはり図書は見つからなかった。
『こちら小牧。こっちも見つからない!』
『手塚です。こちらも対象図書が見つかりません!』
混乱する郁に、さらに驚きの報告が飛び込んでくる。
最後にとどめとばかりに『こっちもない』と呻く堂上の声が聞こえた。
そのときだった。
郁の視界の隅に人影がよぎる。
弾かれたようにそちらを見た郁は、図書館を飛び出していく男を見つけた。
黒い戦闘服、背負った背嚢は重みでたわんでいる。
その男は一瞬だけ郁の方を見たが、すぐに走り出した。
「笠原、図書を持っていると思われる良化隊員を発見!東側の非常口に向かってます!」
『・・・笠原、すぐに追え!全員でフォローする!』
「了解!」
堂上の答えが一瞬遅れたのは、すでに図書が奪われていたことがショックだったからだろう。
だがすぐに指示が出て、郁は弾かれたように走り出した。
程なくして背後に頼もしい気配を感じる。
堂上、小牧、手塚。
配属されてから半年余り、いつも郁を支えてくれた上官と、共に成長する仲間のフォローだ。
「逃げるな。待てぇ!」
郁は警告を発しながら、逃げる良化隊員を追いかけた。
明らかに郁の方が早く、その姿はどんどん大きくなっていく。
そしてついにその背中を捕まえた瞬間、郁は勝利を確信した。
書架の前で、郁は思わず声を上げていた。
目的の図書はそこにはなく、ただその厚み分の小さな空間があるだけだった。
2月下旬、年明け初の検閲があった。
代執行に挙げられていた図書は10冊ほど、いずれも今年に入ってから検閲対象になったものだ。
時刻は夕方、もうすぐ閉館時刻だ。
つまり利用者のことを気にせず、戦えるということだ。
これは長い戦闘になる。
郁は淡々と身支度を整えながら、呼吸を整えた。
郁1人で使っている女子更衣室、普段は寂しいがこのときだけはありがたいと思う。
誰もいない静寂の中で、気持ちを落ち着かせることができるからだ。
絶対に図書は渡さない、そのためにできるのは仲間を信じて戦うことだけ。
戦闘服に着替えた郁は「よし!」と小さく気合いを入れると、更衣室を飛び出した。
「対象図書を書庫に格納、堂上班に一任する!」
堂上班が揃うなり、指示が出た。
今回の対象図書10冊は、作家もジャンルもまちまち。
つまり館内のあちこちに散らばっている状態だ。
これを堂上班4人でかき集めて、地下書庫に格納する。
それが最初に下されたミッションだった。
郁に割り当てられた2冊は、比較的わかりやすい場所にある本だった。
堂上と手塚は3冊、小牧はわかりにくい場所にある専門書を2冊。
おそらくこれは日頃の事務処理能力によるものだと思う。
それを少しだけ悔しいと思った郁だが、今はそれどころではないと思い直した。
目的の図書を1秒でも早く回収するのが、今の郁の使命だ。
だがその図書が格納されている場所には、何もなかった。
ただ本の厚みの分だけ、隙間が空いているだけだ。
もしかして貸し出し中?
郁は慌ててもう1冊の本の場所まで来てみたが、それもない。
同じように1冊分の隙間があるだけだ。
「笠原です!対象図書が1つもありません!」
郁は無線に向かって、慌てて呼びかけた。
そうしながらも書架の番号を確認しながら、もう1度捜してみる。
それでもやはり図書は見つからなかった。
『こちら小牧。こっちも見つからない!』
『手塚です。こちらも対象図書が見つかりません!』
混乱する郁に、さらに驚きの報告が飛び込んでくる。
最後にとどめとばかりに『こっちもない』と呻く堂上の声が聞こえた。
そのときだった。
郁の視界の隅に人影がよぎる。
弾かれたようにそちらを見た郁は、図書館を飛び出していく男を見つけた。
黒い戦闘服、背負った背嚢は重みでたわんでいる。
その男は一瞬だけ郁の方を見たが、すぐに走り出した。
「笠原、図書を持っていると思われる良化隊員を発見!東側の非常口に向かってます!」
『・・・笠原、すぐに追え!全員でフォローする!』
「了解!」
堂上の答えが一瞬遅れたのは、すでに図書が奪われていたことがショックだったからだろう。
だがすぐに指示が出て、郁は弾かれたように走り出した。
程なくして背後に頼もしい気配を感じる。
堂上、小牧、手塚。
配属されてから半年余り、いつも郁を支えてくれた上官と、共に成長する仲間のフォローだ。
「逃げるな。待てぇ!」
郁は警告を発しながら、逃げる良化隊員を追いかけた。
明らかに郁の方が早く、その姿はどんどん大きくなっていく。
そしてついにその背中を捕まえた瞬間、郁は勝利を確信した。
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