第7話「お大事に」
「大丈夫ですか?」
良化隊の制服を着た青年が、気遣わし気な声で聞いてくる。
小牧は半ば朦朧としながら、弱々しく頷いた。
メディア良化委員会の査問会なるものに連行された小牧は、苦痛の時間を過ごしていた。
肉体的に暴力を振るわれることはない。
それは倫理や親切心などではなく、後々問題になることを恐れてのことだろう。
だが大声で恫喝され、または嫌みな口調でねっとりと揶揄される。
障害者に不適切な図書を薦めたことを認めろ。
彼らの要求はただその一点のみだ。
今は何日の何時だ?
小牧は時折ぼんやりとそんなことを思った。
窓のない部屋だし、日時を示すものもない。
休ませてもらえない小牧とは対照的に、向こうはコロコロと審問者が変わる。
もう小牧は完全に時間の感覚がなくなっていた。
その中で1人だけ、おかしな良化隊員がいた。
おそらく手塚や郁と変わらない、若い青年だ。
彼は穏やかな表情で、まず小牧にペットボトルのミネラルウォーターをくれた。
まさか毒入りか?
思わず身構えると、彼は自らボトルを開けて、自分で一口飲んだ。
そして「間接キスが嫌でなければどうぞ」と苦笑する。
どうやら毒見をしてくれたということらしい。
喉がやたらと乾いていた小牧は、ゴクゴクと一気にミネラルウォーターを飲み干した。
その後も彼の行動は変わっていた。
あくまでも淡々と質問を重ねてくるのだ。
耳の不自由な女性に、どういう本を薦めましたか?
それはどういう意図だったのですか?
あなたの中に差別的な思考はありましたか?
彼だけは恫喝でも揶揄でもなく、極めて事務的に質問してくる。
しかも彼は短い休憩の間に、携帯用のボディシートをくれた。
ウェットティッシュのような使い捨てタイプで、汗ばんだ身体を拭けるやつだ。
小牧はありがたくそれを使った。
なにしろ入浴もさせてもらえず、そろそろ自分の身体のにおいが気になりだしていたのだ。
もしかしてこれも良化隊の作戦なのだろうか?
疲労困憊の小牧は、朦朧としながらそんなことを考えた。
なぜなら彼にだけは思わず答えてしまいたくなるからだ。
それどころか嘘の嫌疑にすら、同意してしまいたくなるほどだ。
1人だけ小牧の身を本気で案じてくれている素振りを見せる良化隊員。
わざとだとしたら、かなり見事な「アメとムチ作戦」だ。
「大丈夫ですか?」
いよいよ肉体的にも精神的にもヤバいかもしれない。
小牧が真剣にそう思い始めた頃、彼はゼリー飲料をくれた。
とりあえず手っ取り早く栄養がとれるヤツだ。
上官らしい良化隊員が「おい!何してる!」と咎め立てするが、彼は穏やかな表情のままだ。
どうやらこれは彼が自腹で奢ってくれたらしい。
もちろん良化隊員たちの表面上のやりとりを信じれば、なのだが。
「ありがとう。いただくよ。」
小牧はゼリー飲料をありがたく頂戴した。
この流れなら今さら毒入りもないだろう。
この場を何とか乗り切るために、これは貴重な栄養源だ。
彼は「どうぞ」と微笑し、上官には「この人に死なれたら困るでしょう」と答えていた。
とりあえず、まだ何とか乗り切れる。
ゼリー飲料を腹に納め、気力がやや上向きに変わった頃、唐突に全てが終わった。
玄田と堂上、手塚、郁、そして毬江が乗り込んできたのだ。
そして毬江が良化隊員を相手に、啖呵を切った。
まだまだ子供だと思っていた少女は強い大人の女性に変わっていたのだと思い知らされたのだ。
「もう子供に見えなくて困ってるよ。」
抱き付いてくる毬江の身体を受け止めながら、小牧は秘かにあの彼に感謝した。
ボディシートがなければ、長いこと入浴していなかった身体はかなりくさかったと思う。
この愛おしい少女と想いが通じた瞬間、自分が不潔なにおいを放っていたとしたら痛恨だ。
だがその彼を含めた数名の良化隊員は、この場から姿を消していた。
小牧が冷静になり、そのことに違和感を持つのは図書基地に戻った後のことだった。
良化隊の制服を着た青年が、気遣わし気な声で聞いてくる。
小牧は半ば朦朧としながら、弱々しく頷いた。
メディア良化委員会の査問会なるものに連行された小牧は、苦痛の時間を過ごしていた。
肉体的に暴力を振るわれることはない。
それは倫理や親切心などではなく、後々問題になることを恐れてのことだろう。
だが大声で恫喝され、または嫌みな口調でねっとりと揶揄される。
障害者に不適切な図書を薦めたことを認めろ。
彼らの要求はただその一点のみだ。
今は何日の何時だ?
小牧は時折ぼんやりとそんなことを思った。
窓のない部屋だし、日時を示すものもない。
休ませてもらえない小牧とは対照的に、向こうはコロコロと審問者が変わる。
もう小牧は完全に時間の感覚がなくなっていた。
その中で1人だけ、おかしな良化隊員がいた。
おそらく手塚や郁と変わらない、若い青年だ。
彼は穏やかな表情で、まず小牧にペットボトルのミネラルウォーターをくれた。
まさか毒入りか?
思わず身構えると、彼は自らボトルを開けて、自分で一口飲んだ。
そして「間接キスが嫌でなければどうぞ」と苦笑する。
どうやら毒見をしてくれたということらしい。
喉がやたらと乾いていた小牧は、ゴクゴクと一気にミネラルウォーターを飲み干した。
その後も彼の行動は変わっていた。
あくまでも淡々と質問を重ねてくるのだ。
耳の不自由な女性に、どういう本を薦めましたか?
それはどういう意図だったのですか?
あなたの中に差別的な思考はありましたか?
彼だけは恫喝でも揶揄でもなく、極めて事務的に質問してくる。
しかも彼は短い休憩の間に、携帯用のボディシートをくれた。
ウェットティッシュのような使い捨てタイプで、汗ばんだ身体を拭けるやつだ。
小牧はありがたくそれを使った。
なにしろ入浴もさせてもらえず、そろそろ自分の身体のにおいが気になりだしていたのだ。
もしかしてこれも良化隊の作戦なのだろうか?
疲労困憊の小牧は、朦朧としながらそんなことを考えた。
なぜなら彼にだけは思わず答えてしまいたくなるからだ。
それどころか嘘の嫌疑にすら、同意してしまいたくなるほどだ。
1人だけ小牧の身を本気で案じてくれている素振りを見せる良化隊員。
わざとだとしたら、かなり見事な「アメとムチ作戦」だ。
「大丈夫ですか?」
いよいよ肉体的にも精神的にもヤバいかもしれない。
小牧が真剣にそう思い始めた頃、彼はゼリー飲料をくれた。
とりあえず手っ取り早く栄養がとれるヤツだ。
上官らしい良化隊員が「おい!何してる!」と咎め立てするが、彼は穏やかな表情のままだ。
どうやらこれは彼が自腹で奢ってくれたらしい。
もちろん良化隊員たちの表面上のやりとりを信じれば、なのだが。
「ありがとう。いただくよ。」
小牧はゼリー飲料をありがたく頂戴した。
この流れなら今さら毒入りもないだろう。
この場を何とか乗り切るために、これは貴重な栄養源だ。
彼は「どうぞ」と微笑し、上官には「この人に死なれたら困るでしょう」と答えていた。
とりあえず、まだ何とか乗り切れる。
ゼリー飲料を腹に納め、気力がやや上向きに変わった頃、唐突に全てが終わった。
玄田と堂上、手塚、郁、そして毬江が乗り込んできたのだ。
そして毬江が良化隊員を相手に、啖呵を切った。
まだまだ子供だと思っていた少女は強い大人の女性に変わっていたのだと思い知らされたのだ。
「もう子供に見えなくて困ってるよ。」
抱き付いてくる毬江の身体を受け止めながら、小牧は秘かにあの彼に感謝した。
ボディシートがなければ、長いこと入浴していなかった身体はかなりくさかったと思う。
この愛おしい少女と想いが通じた瞬間、自分が不潔なにおいを放っていたとしたら痛恨だ。
だがその彼を含めた数名の良化隊員は、この場から姿を消していた。
小牧が冷静になり、そのことに違和感を持つのは図書基地に戻った後のことだった。
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