第6話「連行」
「こ、こん、にちは!」
三橋が厨房の中から笑顔で二カッと笑った。
その瞬間、郁は自分が失態を犯したことに気付いて固まった。
郁の両親が武蔵野第一図書館にやって来たのは、11月最後の連休。
小田原で大規模な抗争があり、稲嶺司令誘拐事件が起こった約1か月後のことだ。
防衛方ではなく、図書館員。
両親にそんな嘘をついている郁にとっては、苦行以外の何物でもない。
シフトを調整してもらい、方々に頭を下げ、どうにか切り抜けようとしていた。
だが郁はここへきて、危機を迎えていた。
発端は母、寿子の何気ない一言だ。
「ちゃんと栄養バランスの良い食事をしているの?」
「外食じゃなくて、普段郁が何を食べているのか見てみたいわ。」
単純に自炊しない寮での食生活が心配なのか。
そもそも難癖をつけて、仕事を辞めろと結論付けたいのか。
とにかく日頃、郁がどんなものを食べているのか見たいと言い出したのだ。
そこでこの日は隊員食堂で昼食をとることになったのだ。
郁としては、正直なところ気が進まなかった。
外食ならその時間だけ気まずさをやり過ごせばよい。
だが隊員食堂は郁と両親の関係を知らない隊員たちも来るのだ。
うっかり話しかけられてボロが出たらと思うと気が気ではない。
それでもうまく避ける術も見つからず、郁は両親を案内することになったのだ。
「あら、意外とバランスもいいのね。」
寿子は隊員食堂のメニューを見るなり、そう言った。
日替わり定食は肉と魚、2種類のメインメニューからのチョイス。
だが付け合わせに野菜も多く使われている。
それを見た寿子がどこか残念そうだったのは、郁の気のせいではないと思う。
だが食券を買い、実際に料理を受け取るところで、郁は叫びそうになった。
それは隊員食堂のスタッフたちだ。
彼らは隊員たちの嗜好や胃袋の加減を覚えている。
そして郁が大食いであることも知っており、さりげなく盛りを多くしてくれたりするのだ。
いつもはありがたいけれど、今の場面では困る。
もしも大盛りなどされたら、母に「はしたない」とか「みっともない」とか言われそうだ。
「こ、こん、にちは!」
すっかり顔馴染みになった三橋が、郁と目が合うなり二カッと笑った。
この後三橋はいつも郁に「大盛り?」などと聞いてくるのだ。
ああ、やっぱり無理矢理でも外に行くんだった。
思わずため息をつきかけた郁に、三橋は「盛り、は、普通、ですか?」と聞いてきたのだ。
「私と郁はご飯を少な目で。お父さんは普通よね?」
郁より先に寿子がそう答えた。
すかさず郁が「うん」と頷くと、三橋が「かしこまり、ました!」と元気よく答える。
そして克宏には普通盛り、寿子と郁には米飯少な目の定食が出された。
よかった。助かった~!
郁は心の中でガッツポーズをしながら、両親を空いた席へと案内する。
そしてふと「レンちゃんって勘がいいのかな」などと思う。
両親との関係など、さすがに部外者の三橋には何も話していない。
だがまるで全てを察しているかのような、ありがたいリアクションだ。
親が帰ったら、ちゃんとお礼を言おう。
郁はそんなことを考えながら、三橋を見た。
だがテキパキと並んでいる注文をこなしていく彼と目が合うことはなかった。
三橋が厨房の中から笑顔で二カッと笑った。
その瞬間、郁は自分が失態を犯したことに気付いて固まった。
郁の両親が武蔵野第一図書館にやって来たのは、11月最後の連休。
小田原で大規模な抗争があり、稲嶺司令誘拐事件が起こった約1か月後のことだ。
防衛方ではなく、図書館員。
両親にそんな嘘をついている郁にとっては、苦行以外の何物でもない。
シフトを調整してもらい、方々に頭を下げ、どうにか切り抜けようとしていた。
だが郁はここへきて、危機を迎えていた。
発端は母、寿子の何気ない一言だ。
「ちゃんと栄養バランスの良い食事をしているの?」
「外食じゃなくて、普段郁が何を食べているのか見てみたいわ。」
単純に自炊しない寮での食生活が心配なのか。
そもそも難癖をつけて、仕事を辞めろと結論付けたいのか。
とにかく日頃、郁がどんなものを食べているのか見たいと言い出したのだ。
そこでこの日は隊員食堂で昼食をとることになったのだ。
郁としては、正直なところ気が進まなかった。
外食ならその時間だけ気まずさをやり過ごせばよい。
だが隊員食堂は郁と両親の関係を知らない隊員たちも来るのだ。
うっかり話しかけられてボロが出たらと思うと気が気ではない。
それでもうまく避ける術も見つからず、郁は両親を案内することになったのだ。
「あら、意外とバランスもいいのね。」
寿子は隊員食堂のメニューを見るなり、そう言った。
日替わり定食は肉と魚、2種類のメインメニューからのチョイス。
だが付け合わせに野菜も多く使われている。
それを見た寿子がどこか残念そうだったのは、郁の気のせいではないと思う。
だが食券を買い、実際に料理を受け取るところで、郁は叫びそうになった。
それは隊員食堂のスタッフたちだ。
彼らは隊員たちの嗜好や胃袋の加減を覚えている。
そして郁が大食いであることも知っており、さりげなく盛りを多くしてくれたりするのだ。
いつもはありがたいけれど、今の場面では困る。
もしも大盛りなどされたら、母に「はしたない」とか「みっともない」とか言われそうだ。
「こ、こん、にちは!」
すっかり顔馴染みになった三橋が、郁と目が合うなり二カッと笑った。
この後三橋はいつも郁に「大盛り?」などと聞いてくるのだ。
ああ、やっぱり無理矢理でも外に行くんだった。
思わずため息をつきかけた郁に、三橋は「盛り、は、普通、ですか?」と聞いてきたのだ。
「私と郁はご飯を少な目で。お父さんは普通よね?」
郁より先に寿子がそう答えた。
すかさず郁が「うん」と頷くと、三橋が「かしこまり、ました!」と元気よく答える。
そして克宏には普通盛り、寿子と郁には米飯少な目の定食が出された。
よかった。助かった~!
郁は心の中でガッツポーズをしながら、両親を空いた席へと案内する。
そしてふと「レンちゃんって勘がいいのかな」などと思う。
両親との関係など、さすがに部外者の三橋には何も話していない。
だがまるで全てを察しているかのような、ありがたいリアクションだ。
親が帰ったら、ちゃんとお礼を言おう。
郁はそんなことを考えながら、三橋を見た。
だがテキパキと並んでいる注文をこなしていく彼と目が合うことはなかった。
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