第30話「おおきく振りかぶって」
「どうした?」
阿部はじっと一点を凝視する三橋に、声をかける。
そして三橋が指差した方向を見て、口元をほころばせた。
図書館での検閲抗争で、火気使用を規制する法案が可決された。
あの当麻蔵人の事件以降、世の中は検閲撤廃に向けて流れている。
人々は良化隊や賛同団体を見ることが減ったと思っているだろう。
そして多くの作家や本を愛する者たちが、検閲がなくなる日を待ち望んでいる。
この状況で良化隊を去った者は、少なからずいる。
三橋のかつてのチームメイト、西広と水谷もそうだった。
元々法務省採用だった西広は、省内の別の部署に異動になった。
これは本人の希望ではなく、上からの指示だ。
優秀な西広は良化隊内でも功労者であり、これは栄転と見なされていた。
水谷は自分から除隊届を出した。
表向きの理由は茨城での被弾が完治しないことだが、実際は違う。
水谷は高校時代のマネージャー篠岡千代と結婚した。
そして先日、篠岡の妊娠が発覚したのだ。
子供には良化隊員ではない両親を見て欲しい。
彼らはそう願い、検閲とは関係ない未来を選んだ。
だが阿部と三橋は今も良化隊員を続けている。
別に「検閲対象の本を狩る」とか「図書隊に勝つ」なんて理念はない。
そもそもそんなものは始めからないのだ。
「高校、3年、のとき、みたい。」
三橋は今の自分の状態を、そんな風に言った。
阿部は「確かにな」と苦笑する。
三橋の言いたいことは、よくわかったからだ。
彼らの高校生活の中心は、野球だった。
そしてどんなに頑張ろうと、手を抜こうと、終わりはやってくる。
良化隊もそう遠からず、消えてなくなる組織。
今の気持ちは、引退までカウントダウンが始まった3年生の頃とよく似ている。
とにかく最後まで、全力でやり遂げる。
自分で選んだ道のゴールを、しっかり見届ける。
三橋はその思いで、今までと変わらない日々を過ごしている。
そして阿部は、そんな三橋とずっと一緒にいると決めていた。
そんなある日のこと。
阿部と三橋は任務のために、車で移動をしていた。
阿部がハンドルを握り、三橋は助手席だ。
2人きりの任務、しかも車という密室内。
ともすれば甘い雰囲気になりがちだが、そうはならない。
阿部としては、手を握ってキスくらいと思わないでもない。
だけど三橋からは、そんなニュアンスを少しも感じないのだ。
任務中はそんなこと、全く考えないのだろう。
そう思うと、阿部も何事もない顔で運転をするしかなかった。
赤信号にひっかかり、阿部はブレーキを踏んだ。
だがその間、助手席の三橋がある一点をジッと見ていることに気付く。
阿部が「どうした?」と声をかけると、三橋は無言で指差した。
その先に堂上と郁が並んで歩いているのを見て、阿部は微笑した。
ここは図書基地に近いし、図書隊員を見かけても不思議はない。
「2人とも私服だし、プライベートかな。」
「手、つない、でる!」
「新婚さんだったよな。」
「でも、あの2人、は、昔から」
「ああ。昔っからバカップルだった。」
そう、阿部と三橋が図書基地に潜入してた頃からだ。
あの頃は思いを伝えていない、いわゆる「両片想い」状態。
それでも2人の気持ちは周囲にはバレバレだった。
単なる会話だけでもピンクオーラをばら撒いており「何でこれで付き合ってない?」と思ったほどだ。
堂上が郁の耳元で何かを囁き、郁が頬を赤くした。
見ているこっちが全身が痒くなるような光景。
だが幸いすぐに信号が変わり、阿部は車を発進させる。
すぐに2人の姿は小さくなり、やがて見えなくなった。
「いいなぁ。いちゃ、いちゃ」
「まぁでも、オレらは手を繋いで歩いたら目立つだろ。」
「うん。でも。」
「何だよ。不満か?」
「車の中で、2人でも、何もないし!」
意外な三橋の抗議に、阿部は「は?」と声を上げた。
真面目な表情を崩さず、任務中にそんなことしない感じを出していなかったか?
だが三橋が「いいなぁ」を繰り返しているのを見て、ため息をついた。
どうやら阿部が勝手に勘違いをしていたらしい。
「だけど運転中は無理だ。」
阿部は素直に白状すると、目の前の運転に集中することにした。
悪いけれど、やや不満気な三橋は無視だ。
恋愛に関しては、自他ともに認める不器用なのだ。
とてもじゃないが、安全運転しながらイチャイチャする自信はなかったのである。
阿部はじっと一点を凝視する三橋に、声をかける。
そして三橋が指差した方向を見て、口元をほころばせた。
図書館での検閲抗争で、火気使用を規制する法案が可決された。
あの当麻蔵人の事件以降、世の中は検閲撤廃に向けて流れている。
人々は良化隊や賛同団体を見ることが減ったと思っているだろう。
そして多くの作家や本を愛する者たちが、検閲がなくなる日を待ち望んでいる。
この状況で良化隊を去った者は、少なからずいる。
三橋のかつてのチームメイト、西広と水谷もそうだった。
元々法務省採用だった西広は、省内の別の部署に異動になった。
これは本人の希望ではなく、上からの指示だ。
優秀な西広は良化隊内でも功労者であり、これは栄転と見なされていた。
水谷は自分から除隊届を出した。
表向きの理由は茨城での被弾が完治しないことだが、実際は違う。
水谷は高校時代のマネージャー篠岡千代と結婚した。
そして先日、篠岡の妊娠が発覚したのだ。
子供には良化隊員ではない両親を見て欲しい。
彼らはそう願い、検閲とは関係ない未来を選んだ。
だが阿部と三橋は今も良化隊員を続けている。
別に「検閲対象の本を狩る」とか「図書隊に勝つ」なんて理念はない。
そもそもそんなものは始めからないのだ。
「高校、3年、のとき、みたい。」
三橋は今の自分の状態を、そんな風に言った。
阿部は「確かにな」と苦笑する。
三橋の言いたいことは、よくわかったからだ。
彼らの高校生活の中心は、野球だった。
そしてどんなに頑張ろうと、手を抜こうと、終わりはやってくる。
良化隊もそう遠からず、消えてなくなる組織。
今の気持ちは、引退までカウントダウンが始まった3年生の頃とよく似ている。
とにかく最後まで、全力でやり遂げる。
自分で選んだ道のゴールを、しっかり見届ける。
三橋はその思いで、今までと変わらない日々を過ごしている。
そして阿部は、そんな三橋とずっと一緒にいると決めていた。
そんなある日のこと。
阿部と三橋は任務のために、車で移動をしていた。
阿部がハンドルを握り、三橋は助手席だ。
2人きりの任務、しかも車という密室内。
ともすれば甘い雰囲気になりがちだが、そうはならない。
阿部としては、手を握ってキスくらいと思わないでもない。
だけど三橋からは、そんなニュアンスを少しも感じないのだ。
任務中はそんなこと、全く考えないのだろう。
そう思うと、阿部も何事もない顔で運転をするしかなかった。
赤信号にひっかかり、阿部はブレーキを踏んだ。
だがその間、助手席の三橋がある一点をジッと見ていることに気付く。
阿部が「どうした?」と声をかけると、三橋は無言で指差した。
その先に堂上と郁が並んで歩いているのを見て、阿部は微笑した。
ここは図書基地に近いし、図書隊員を見かけても不思議はない。
「2人とも私服だし、プライベートかな。」
「手、つない、でる!」
「新婚さんだったよな。」
「でも、あの2人、は、昔から」
「ああ。昔っからバカップルだった。」
そう、阿部と三橋が図書基地に潜入してた頃からだ。
あの頃は思いを伝えていない、いわゆる「両片想い」状態。
それでも2人の気持ちは周囲にはバレバレだった。
単なる会話だけでもピンクオーラをばら撒いており「何でこれで付き合ってない?」と思ったほどだ。
堂上が郁の耳元で何かを囁き、郁が頬を赤くした。
見ているこっちが全身が痒くなるような光景。
だが幸いすぐに信号が変わり、阿部は車を発進させる。
すぐに2人の姿は小さくなり、やがて見えなくなった。
「いいなぁ。いちゃ、いちゃ」
「まぁでも、オレらは手を繋いで歩いたら目立つだろ。」
「うん。でも。」
「何だよ。不満か?」
「車の中で、2人でも、何もないし!」
意外な三橋の抗議に、阿部は「は?」と声を上げた。
真面目な表情を崩さず、任務中にそんなことしない感じを出していなかったか?
だが三橋が「いいなぁ」を繰り返しているのを見て、ため息をついた。
どうやら阿部が勝手に勘違いをしていたらしい。
「だけど運転中は無理だ。」
阿部は素直に白状すると、目の前の運転に集中することにした。
悪いけれど、やや不満気な三橋は無視だ。
恋愛に関しては、自他ともに認める不器用なのだ。
とてもじゃないが、安全運転しながらイチャイチャする自信はなかったのである。
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