第29話「結婚」
「申し訳ありません。規則ですから。」
三橋は冷たい声でそう答え、頭を下げた。
そしてこんなときは吃音にならないのは皮肉なものだと、自虐的なことを考えていた。
三橋たちは、新宿の大型書店にいた。
もちろん買い物に来たわけではない。
良化隊の黒い制服姿で、他の隊員たちも揃っている。
彼らは検閲対象本を狩りに来たのだ。
「それじゃ始めるぞ!」
隊長の合図で、三橋たちは店内に入った。
先輩隊員たちが目当ての本を見つけると、勢いよく箱の中に放り込んでいく。
本日発売の当麻蔵人の新刊本だ。
これが今日のメインターゲットで、その他にも検閲対象本があれば確保しろという指示が出ている。
メインを任された先輩隊員たちは、鼻息荒く見えた。
当麻蔵人の事件以来、良化隊の風当たりは強い。
おそらくその憂さ晴らしもあるのだろう。
乱暴に怒りを叩きつけられた本たちは、箱の中でバサバサと悲鳴を上げる。
だがその叫びは無視され、処分されてしまうのだ。
三橋は阿部と組み、書架の間を回っていた。
メイン以外で検閲対象本があれば、それを狩るのだ。
開店したばかりの書店には、客が多い。
特に今日は当麻の本目当てに、普段より多くの客がいるのだろう。
三橋たちはその客たちの視線を物ともせず、淡々と仕事をしていた。
三橋はふと足を止めた。
検閲対象の本が書架に納まっているのを見つけたからだ。
阿部の方をチラリと見ると、無言の頷きが返ってきた。
同じものを見つけたのだろう。
三橋は書架に手を伸ばし、数冊の本を抜き取った。
そして歩き出した途端「あの」と声をかけられた。
「その本、見逃してもらえませんか?」
声をかけて来たのは、若い女性だった。
服装や雰囲気から書店員ではなく客だと思われる。
本を買いに来たのか、もしくはこの本の作家のファンか。
とにかく切実な表情で、視線は三橋と三橋が取り上げたばかりの本をウロウロと彷徨っている。
「申し訳ありません。規則ですから。」
三橋は冷たい声でそう答え、頭を下げた。
正直に言えば、見逃すのはむずかしいことではない。
先輩隊員たちからは離れており、見咎められることはないだろう
だけど三橋は彼女を無視した。
誰かを悲しませるのは本意ではないが、今は良化隊員の職務を全うするべきだ。
「どうしてよ!」
通り過ぎようとした三橋は、その声に振り返る。
すると彼女が真剣な表情から一転し、怒りの形相で突進してきていた。
振り上げた手には、ハードカバーの重そうな本が握られている。
手近にあった、武器になりそうな本を適当に選んだのだろう。
殴られたら、痛そう。
三橋はそう思いながら、その場に立っていた。
防御することも、目を閉じることさえしない。
とりあえず甘んじて殴られるつもりだった。
嫌われる仕事であるという覚悟はできている。
だが彼女が三橋に本を振り下ろす前に、阿部が動いた。
三橋をかばうように、2人の間に割り込んできたのだ。
その背中を見ながら、三橋は緩みそうになる頬を引き締めた。
こんなときなのに、こんな風に守ってもらえるのが嬉しい。
王子様。
この状況に、三橋はふとある図書隊員のことを思い出した。
検閲の時に出逢った王子様を追いかけたお姫様は、幸せになった。
じゃあ三橋と阿部は、この先いったいどうなのだろう?
まずい。今は仕事中だ。
三橋は懸命に目の前の状況に意識を戻した。
事を荒立てるのは本意ではないし、何とか穏便に終わらせたかった。
三橋は冷たい声でそう答え、頭を下げた。
そしてこんなときは吃音にならないのは皮肉なものだと、自虐的なことを考えていた。
三橋たちは、新宿の大型書店にいた。
もちろん買い物に来たわけではない。
良化隊の黒い制服姿で、他の隊員たちも揃っている。
彼らは検閲対象本を狩りに来たのだ。
「それじゃ始めるぞ!」
隊長の合図で、三橋たちは店内に入った。
先輩隊員たちが目当ての本を見つけると、勢いよく箱の中に放り込んでいく。
本日発売の当麻蔵人の新刊本だ。
これが今日のメインターゲットで、その他にも検閲対象本があれば確保しろという指示が出ている。
メインを任された先輩隊員たちは、鼻息荒く見えた。
当麻蔵人の事件以来、良化隊の風当たりは強い。
おそらくその憂さ晴らしもあるのだろう。
乱暴に怒りを叩きつけられた本たちは、箱の中でバサバサと悲鳴を上げる。
だがその叫びは無視され、処分されてしまうのだ。
三橋は阿部と組み、書架の間を回っていた。
メイン以外で検閲対象本があれば、それを狩るのだ。
開店したばかりの書店には、客が多い。
特に今日は当麻の本目当てに、普段より多くの客がいるのだろう。
三橋たちはその客たちの視線を物ともせず、淡々と仕事をしていた。
三橋はふと足を止めた。
検閲対象の本が書架に納まっているのを見つけたからだ。
阿部の方をチラリと見ると、無言の頷きが返ってきた。
同じものを見つけたのだろう。
三橋は書架に手を伸ばし、数冊の本を抜き取った。
そして歩き出した途端「あの」と声をかけられた。
「その本、見逃してもらえませんか?」
声をかけて来たのは、若い女性だった。
服装や雰囲気から書店員ではなく客だと思われる。
本を買いに来たのか、もしくはこの本の作家のファンか。
とにかく切実な表情で、視線は三橋と三橋が取り上げたばかりの本をウロウロと彷徨っている。
「申し訳ありません。規則ですから。」
三橋は冷たい声でそう答え、頭を下げた。
正直に言えば、見逃すのはむずかしいことではない。
先輩隊員たちからは離れており、見咎められることはないだろう
だけど三橋は彼女を無視した。
誰かを悲しませるのは本意ではないが、今は良化隊員の職務を全うするべきだ。
「どうしてよ!」
通り過ぎようとした三橋は、その声に振り返る。
すると彼女が真剣な表情から一転し、怒りの形相で突進してきていた。
振り上げた手には、ハードカバーの重そうな本が握られている。
手近にあった、武器になりそうな本を適当に選んだのだろう。
殴られたら、痛そう。
三橋はそう思いながら、その場に立っていた。
防御することも、目を閉じることさえしない。
とりあえず甘んじて殴られるつもりだった。
嫌われる仕事であるという覚悟はできている。
だが彼女が三橋に本を振り下ろす前に、阿部が動いた。
三橋をかばうように、2人の間に割り込んできたのだ。
その背中を見ながら、三橋は緩みそうになる頬を引き締めた。
こんなときなのに、こんな風に守ってもらえるのが嬉しい。
王子様。
この状況に、三橋はふとある図書隊員のことを思い出した。
検閲の時に出逢った王子様を追いかけたお姫様は、幸せになった。
じゃあ三橋と阿部は、この先いったいどうなのだろう?
まずい。今は仕事中だ。
三橋は懸命に目の前の状況に意識を戻した。
事を荒立てるのは本意ではないし、何とか穏便に終わらせたかった。
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