第27話「雨の逃避行」

「雨、か」
三橋が窓の外を見ながら、呟く。
阿部は「雨だな」と答えると、三橋を安心させるようにそっと肩を叩いた。

当麻蔵人の裁判は今日、控訴審の判決が出る。
おそらく彼は敗訴するだろう。
そしてその後、全てが決まる。
泣いても笑っても、ここが正念場ということだ。

阿部と三橋、叶も西広も、良化隊の控室にいた。
良化隊の黒い制服にレインコート、装備を整えて出発の時間を待つ。
今日の任務は、当麻蔵人の身柄を押さえること。
何としても亡命などさせるなと指示されている。
4人だけでなく多くの隊員たちが、出動の合図を待っていた。

いっそ勝訴してくれればいいのに。
口には出せないが、三橋も阿部も秘かにそう思っている。
当麻蔵人が勝って、メディア良化法への批判がさらに盛り上がって欲しい。
そして検閲が撤廃されれば、こんな嫌な役回りも終われる。
良化隊に身を置く以上、与えられた任務はこなす。
だけどやっぱり早く辞めたいというのが、嘘偽らざる本音だ。

「銃」
三橋は自分の装備を見ながら、肩を落とす。
何が言いたいか、阿部にはわかった。
普段の検閲はあくまで本を奪うのが目的で、その手段として銃を使う。
だが今回は当麻蔵人という人間が相手だ。
しかも「当麻はなるべく生かして捕えろ」という命令が出ている。
必要とあれば殺傷もやむなし、護衛の図書隊員の命はどうでもいいという意味だ。
こんな命令でも従わなければならないのが、良化隊の宿命。
本当は「イヤだ」と言いたいところだが、他の隊員もいるところでは言えない。

「オレ、たち、雨、は、ラッキーだ、よね。」
三橋は自分に言い聞かせるように、もう一度窓の外を見た。
阿部が「だな」と答え、西広が頷く。
高校時代、初めての公式戦の日は雨だった。
こちらは県立で部創設1年目の1年生だけのチーム、相手は強豪私立。
誰もが結果は見えていると思った試合で、西浦高校は勝ったのだ。

「大丈夫だ。きっとうまく行く。」
阿部は根拠のない断言をした。
そしてそれはある意味、厳然たる事実だ。
当麻の身柄を押さえれば、任務を果たしたことになる。
そして当麻の亡命が成功すれば、内心秘かに願う検閲撤廃に繋がる。
実際問題として三橋や阿部にとっては、どちらに転んでも負けはない。

「全員、車両に乗り込め!」
今回の作戦を指揮する上官から、ついに声がかかった。
阿部は他の隊員の目を盗んで、三橋の手をそっと握った。
何があっても隣にいる、そんな決意表明だ。

「サード、ランナー!」
三橋はにっこりと笑顔で答えた。
野球でサードにランナーがいるときは、攻撃でも守備でも重大局面。
それをリラックスと結びつける、高校時代よくやったメンタルトレーニングだ。

「よし行くぞ!」
隊員たちは続々と控室を出て、待機車両に乗り込んでいく。
こうして図書隊と良化隊の未来を左右する大一番の日は始まったのだった。
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