第25話「鶏カレー」

「突然、ごめんね。」
郁は久しぶりに会う青年に、少々場違いな挨拶をする。
彼が「こん、にちは」と答える吃音気味の声は穏やかで、少しも動揺は見えなかった。

「その彼に会ってみたいですね。」
きっかけは当麻のそんな一言だった。
メディア良化委員会の目を逃れ、稲嶺邸に滞在していた時のことだ。
警護のために交代でずっと詰めていた堂上班は、当麻といろいろな話をした。
その中に彼、隊員食堂の「レンちゃん」のこともあった。

いつもニコニコ笑顔で、美味しい食事を作ってくれた「レンちゃん」。
だが実は良化隊員だった。
2年以上にも渡って、図書隊の情報をスパイしていたのだ。
半ば愚痴気味の郁の話を、当麻は聞いてくれた。
そして彼、三橋廉に興味を持ったのだ。

「作家であるお母さんを守るために、良化隊に入ったんですね。」
「はい。警察とか図書隊とかに助けを求めたそうなんですけど。」
「でも、助けてもらえなかったんですね。」
「ええ。だから良化隊に。」
「その彼に会ってみたいですね。」

そのときは三橋の話題はそこで終わりになった。
郁としても、当麻の希望を叶えたいという気持ちはある。
だが稲嶺邸に身を隠している今の状態ではどうしようもない。

だが事態は変わった。
稲嶺邸にいることを突き止められ、急襲されたのだ。
ヘリコプターに吊るされてという、型破りな方法で帰還した。
そして新たな当麻の警護体制もできて、落ち着き始めた頃。
郁は堂上に「当麻先生の希望を叶えてあげたいんですけど」と切り出した。

「簡単じゃないぞ。それは。」
堂上は眉間にしわを寄せながら、そう言った。
わかりやすく想定内だ。
郁はしつこく「でも」と食い下がった。
単に当麻の希望を叶えたいというだけではない。
三橋ともう1度話したいという気持ちもあったのだ。
甘いと言われるかもしれない。
だけどここにいる間の三橋は優しかったし、未だに悪い人間だとも思えない。

そしてある日の夕方、堂上班は秘かに外出する当麻を護衛することになった。
窓にスモークが貼られたワゴン車に乗り込み、向かったのは埼玉県の某所。
柴崎が、正確には情報部が突き止めた三橋の現在の住所だ。
ちなみにその柴崎は、今回同行したがったが外された。
万が一のことがあったとき、戦闘職種ではない柴崎は足手まといでしかないからだ。

教えられたその住所にあったのは、広い家だった。
三橋の実家であり、以前は両親と一緒に住んでいたそうだ。
だが良化法賛同団体と思われる者たちの嫌がらせに遭い、両親は居を移した。
そして現在は三橋1人がここで暮らしている。

郁たちは玄関が見える場所にワゴン車をとめ、しばらく待っていた。
そこへ現れたのは、ごくごくありふれた国産乗用車。
乗っていたのは2人の男で、助手席の男が車を降りた。
そして門扉をあけると、乗用車は敷地内の駐車スペースへと滑り込む。
郁と堂上はすばやくワゴン車を降りると、乗用車から先に降りた男に駆け寄った。

「突然、ごめんね。」
郁はその男「レンちゃん」こと三橋廉に声をかけた。
三橋は一瞬だけ驚いた顔になったが、すぐに「こん、にちは」と答える。
懐かしい声と表情に、郁はなぜか泣き出したいような気分になったのだが。

「もしかして、当麻先生も一緒?」
車を駐車スペースに納めて、運転席から降りてきた男がそう言った。
郁は誰だかわからずに首を傾げる。
すると男は「元後方支援部の『タカヤ』です」と名乗った。

「えええ~!?うっそぉ!」
郁は思わず声を上げた。
体格も雰囲気も髪の色も、かなり様子が変わっていたからだ。
堂上が「うるさい!」と拳骨を落としたところで、三橋が「よかったら、中に」と告げた。
こうして突然の訪問は、微妙にしまらないまま始まったのだった。
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