第23話「レンちゃん」
「レンちゃんがやめちゃって、不便になったよねぇ。」
隣のテーブルの女性業務部員たちから、そんな声が聞こえる。
柴崎は目を伏せた郁の横顔を見ながら、こっそりとため息をついた。
茨城県展が終わり、特殊部隊は図書基地に戻ってきた。
だがそのとき、すでに三橋は退職していた。
隊員食堂にはもちろんその姿はなく、新たなスタッフが加わっている。
そして三橋の素性に関しては、緘口令が引かれていた。
ほとんどの隊員が、三橋が良化隊員であったことなど知らない。
これが隊内に周知されれば、混乱も生じるだろう。
それに格好が悪すぎる。
何年にも渡って在籍し、隊員たちにも人気の「レンちゃん」が実はスパイだったなんて。
単なる一身上の理由による退職。
結局そういうことになったのだが、不便も生じた。
三橋は多くの隊員の好みなどをすっかり把握していたからだ。
微妙に味付けや盛りを変えたりして、サービスをしてきた。
それに出前のサービスが休止されてしまったのだ。
忙しいときに、隊員食堂のメニューはそのまま弁当として届けてもらえた。
それも三橋がいなくなったことで、なくなってしまった。
柴崎は堂上班と共に、隊員食堂で夕食をとっていた。
このメンバーで食事をすることは多いが、実は夕食は意外と少ない。
柴崎とは時間が合わないことも多いし、そもそも堂上班内でも就業時間は違う。
上官である堂上や小牧は、郁や手塚より仕事も多い。
つまり残業が多いのである。
おそらく上官2人、主に堂上の意向だろう。
柴崎は優雅に箸を進めながら、そう思った。
茨城県展がかなり過酷な戦いであったことは聞いている。
部下となるべく多くの時間を持って、メンタル的なダメージを確認したいのだろう。
それは無駄なことではないと思う。
実際、郁は隣のテーブルで「レンちゃん」の名が出ただけで、表情が強張っているのだから。
「ねぇねぇ、聞いてよ。」
柴崎は微妙な空気になったテーブルで、明るい声を上げた。
業務部で起こった笑い話をいくつか披露して、場を盛り上げようと思ったのだ。
戦闘職種ではない柴崎は、銃をとって共に戦うことはできない。
だけど傷ついた彼らを慰めるくらいのことはできると思いたい。
だがそのとき、警報が鳴り響いた。
良化隊の襲来を知らせる、不吉な音だ。
すると堂上班の4人は箸を置き、立ち上がった。
その表情はすでに、戦闘職種のオーラを漂わせている。
「片付けておきますから、どうぞ行ってください。」
柴崎が声をかけると、堂上と小牧の「すまん」「ありがとう」が重なった。
そして郁が「ホントにゴメン」と、手塚が「悪いな」と言い残し、食堂を飛び出して行く。
柴崎はそんな4人を見送りながら「気をつけて!」と叫んだ。
4人は振り返りはしなかったけれど、手を振って応えてくれた。
それにしても、年内はもうないと思っていたのに。
柴崎は4人分の食器を重ねながら、忌々し気にため息をついた。
おそらく図書隊にダメージが残っているうちに、叩きたいのだろう。
だけど良化隊だってダメージはあるはずだし、決して不利な戦いではないはずだ。
負けないで。絶対に。
柴崎は何度も心の中で繰り返しながら、隊員食堂を出た。
正化33年最後の検閲抗争が、今始まろうとしていた。
隣のテーブルの女性業務部員たちから、そんな声が聞こえる。
柴崎は目を伏せた郁の横顔を見ながら、こっそりとため息をついた。
茨城県展が終わり、特殊部隊は図書基地に戻ってきた。
だがそのとき、すでに三橋は退職していた。
隊員食堂にはもちろんその姿はなく、新たなスタッフが加わっている。
そして三橋の素性に関しては、緘口令が引かれていた。
ほとんどの隊員が、三橋が良化隊員であったことなど知らない。
これが隊内に周知されれば、混乱も生じるだろう。
それに格好が悪すぎる。
何年にも渡って在籍し、隊員たちにも人気の「レンちゃん」が実はスパイだったなんて。
単なる一身上の理由による退職。
結局そういうことになったのだが、不便も生じた。
三橋は多くの隊員の好みなどをすっかり把握していたからだ。
微妙に味付けや盛りを変えたりして、サービスをしてきた。
それに出前のサービスが休止されてしまったのだ。
忙しいときに、隊員食堂のメニューはそのまま弁当として届けてもらえた。
それも三橋がいなくなったことで、なくなってしまった。
柴崎は堂上班と共に、隊員食堂で夕食をとっていた。
このメンバーで食事をすることは多いが、実は夕食は意外と少ない。
柴崎とは時間が合わないことも多いし、そもそも堂上班内でも就業時間は違う。
上官である堂上や小牧は、郁や手塚より仕事も多い。
つまり残業が多いのである。
おそらく上官2人、主に堂上の意向だろう。
柴崎は優雅に箸を進めながら、そう思った。
茨城県展がかなり過酷な戦いであったことは聞いている。
部下となるべく多くの時間を持って、メンタル的なダメージを確認したいのだろう。
それは無駄なことではないと思う。
実際、郁は隣のテーブルで「レンちゃん」の名が出ただけで、表情が強張っているのだから。
「ねぇねぇ、聞いてよ。」
柴崎は微妙な空気になったテーブルで、明るい声を上げた。
業務部で起こった笑い話をいくつか披露して、場を盛り上げようと思ったのだ。
戦闘職種ではない柴崎は、銃をとって共に戦うことはできない。
だけど傷ついた彼らを慰めるくらいのことはできると思いたい。
だがそのとき、警報が鳴り響いた。
良化隊の襲来を知らせる、不吉な音だ。
すると堂上班の4人は箸を置き、立ち上がった。
その表情はすでに、戦闘職種のオーラを漂わせている。
「片付けておきますから、どうぞ行ってください。」
柴崎が声をかけると、堂上と小牧の「すまん」「ありがとう」が重なった。
そして郁が「ホントにゴメン」と、手塚が「悪いな」と言い残し、食堂を飛び出して行く。
柴崎はそんな4人を見送りながら「気をつけて!」と叫んだ。
4人は振り返りはしなかったけれど、手を振って応えてくれた。
それにしても、年内はもうないと思っていたのに。
柴崎は4人分の食器を重ねながら、忌々し気にため息をついた。
おそらく図書隊にダメージが残っているうちに、叩きたいのだろう。
だけど良化隊だってダメージはあるはずだし、決して不利な戦いではないはずだ。
負けないで。絶対に。
柴崎は何度も心の中で繰り返しながら、隊員食堂を出た。
正化33年最後の検閲抗争が、今始まろうとしていた。
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