第22話「自由」

「現在、美術館西側、手薄、です!」
三橋は無線を通じて、指示を出す。
すかさず反応があり、良化隊の一班が美術館の西側を攻め始めた。

激しい戦闘はまだ続いている。
三橋は被弾したものの、銃弾がかすめただけの軽傷だ。
手早く応急措置をすると、もう1度元の木に登った。
さすがにもう銃は撃てない。
だがここには三橋にだけできる任務がある。

ここから双眼鏡をのぞいて気付いたのは、進藤が戦線から離脱したこと。
そしてその代わりに小牧が上がっていたことだ。
それなら小牧が率いていた場所は当然戦力が落ちる。
三橋はすかさず小牧がいた美術館西側の増援を指示したのだった。

阿部君とか、こんな気持ちだったのかな。
三橋は今さらのようにそんなことを思った。
まだ子供で、野球のことばかり考えていたあの頃。
阿部は暇さえあれば、いつも対戦相手のデータをチェックしていた。
また試合中も相手選手の一挙手一投足を注意深く観察して。
そして状況を先読みし、一歩先の戦術を考えるのだ。

今の三橋もまさにそんな状況だった。
伊達に長い時間、図書隊内にいたわけではない。
基地内では注意深く隊員たちを見て、時に盗聴までした。
特殊部隊隊員の顔も名前も、性格やタイプまで頭に入っている。
それに今までの抗争のデータから、玄田の思考もある程度予想できた。
つまり上から陣形を見れば、いろいろと予想ができる。

そしてそれは面白いほど当たっていた。
弱い箇所を指示すれば、図書隊の陣形が崩れる。
慌てて補強をしたのを見れば、今度は新たな弱い場所も見えるのだ。
笑い出したくなるほどの、高揚感。
阿部も捕手として、自分のリードが当たった時にはこんな気持ちだったのだろうか。

だが屋上に双眼鏡を向けた時、三橋は「あ」と声を上げた。
進藤の代わりに狙撃主として上がった小牧が、真っ直ぐにこちらを見ていたのだ。
気付かれたか。
慌てて幹の影に身を隠したのと、銃弾が飛んできたのはほぼ同時だった。

うわ、あぶない!
何とか躱せた三橋は苦笑しながら、木を降り始めた。
場所移動だ。
他にも戦況を見渡せる場所はいくらでもある。
それに狙撃手が三橋を意識してくれれば、他の良化隊員の負担を減らせるだろう。

まだまだ。負けない。
三橋はすたんと身軽に着地すると、走り始めた。
心が全然痛まないわけではない。
だがそれ以上に、今の三橋には守りたいものがあるのだ。
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