第20話「清廉」
こんなときは、走るに限る!
ランニングウェアに着替えた郁は、寮を出た。
あれから数日経つのに、ムシャクシャした気分は消えなかった。
先日の抗争で、またしても本を奪われた。
郁たちは対象図書を地下書庫へ運びだすことを命じられた。
だがその前にすでに敵は侵入していた。
いやそもそも彼は内部に潜んでいたのだ。
顔馴染みの後方支援部隊員が良化隊の戦闘服姿で現れた衝撃は忘れられない。
彼は郁の顔に催涙スプレーを浴びせた上に、手錠までかけた。
そして視界と手の自由を奪われ、のたうち回るしかない郁をあざ笑うように、図書を持ち去ったのだ。
さらに郁の身柄を盾にして、堂上たちが回収しようとしていた本まで奪っていった。
しかもあの彼の正体は謎のままだ。
「タカヤ」と名乗っていたが、それは通称名だったというのだ。
後方支援部の仕事をアウトソーシングされた会社では阿部隆也という名前で採用されていた。
それはあの隊員食堂の「レンちゃん」こと三橋のかつての相棒だとわかった。
だが当の三橋は、彼は阿部隆也ではないと証言した。
図書隊では早々に調査に動いたらしい。
三橋の話では、阿部は実家で父親が経営する会社で働いているという。
調査担当の隊員が訪れたところ、三橋の証言が裏付けられた。
本物と思しき阿部隆也は実家におり、あの「タカヤ」とは別人だったそうだ。
もう何が何だかわからない!
郁はただただ混乱し、そして怒っていた。
結局あの「タカヤ」が、スパイだったのだ。
しかも回りくどいやり方をして「レンちゃん」まで巻き込んだ。
図書隊と特殊部隊はそういう結論になりつつあり、郁もそれを信じていた。
結局残ったのは、騙された怒りと本を奪われた怒りだけだ。
それからは課業後のランニングが、郁の日課になった。
ランニングウェアに着替えて、都著基地内の緑の中を1時間ほど走る。
走っている間は気が落ち着くし、夜も疲れて寝てしまえば余計なことを考えずに済むのだ。
だがこの日は独身寮を出たところで、足を止めた。
訓練場に見知った顔を見つけたからだ。
隊員食堂の「レンちゃん」こと三橋が、投球練習をしていた。
このためにわざわざ用意したらしいフェンスネット。
三橋は綺麗なフォームでボールを投げ込み、その都度ネットに貼られた的がパシッと乾いた音を立てた。
「すごい!カッコいい!」
郁は思わず声を上げ、拍手をする。
すると再び振りかぶろうとしていた三橋が「うぉ!」と驚き、腕を下ろした。
そして郁に気付くと「ウヒ」といつものあの独特の笑い声を立てた。
「み、みてた、んだ。」
「うん。勝手にゴメン。」
「べ。別に。それに、カッコ、よく、ないし」
「そんなことないよ!なんかもったいない!」
郁は勢い込んで、さらに「もったいないよ!」と叫んでいた。
野球には詳しくないけれど、三橋のフォームは本当に美しいと思う。
そもそも三橋は、甲子園出場経験を持つ野球選手。
食堂でフライパンを振っているときには忘れそうになるが、れっきとしたアスリートなのだ。
「あ!」
不意に閃いた郁は、三橋に「お願いがあるの!」と身を乗り出した。
三橋はその剣幕にやや引き気味になりながら、コテンと小首を傾げる。
その仕草は妙齢の男にしては、可愛らしい。
郁はそんなことを思いながら「企画に協力して!」とさらに詰め寄った。
ランニングウェアに着替えた郁は、寮を出た。
あれから数日経つのに、ムシャクシャした気分は消えなかった。
先日の抗争で、またしても本を奪われた。
郁たちは対象図書を地下書庫へ運びだすことを命じられた。
だがその前にすでに敵は侵入していた。
いやそもそも彼は内部に潜んでいたのだ。
顔馴染みの後方支援部隊員が良化隊の戦闘服姿で現れた衝撃は忘れられない。
彼は郁の顔に催涙スプレーを浴びせた上に、手錠までかけた。
そして視界と手の自由を奪われ、のたうち回るしかない郁をあざ笑うように、図書を持ち去ったのだ。
さらに郁の身柄を盾にして、堂上たちが回収しようとしていた本まで奪っていった。
しかもあの彼の正体は謎のままだ。
「タカヤ」と名乗っていたが、それは通称名だったというのだ。
後方支援部の仕事をアウトソーシングされた会社では阿部隆也という名前で採用されていた。
それはあの隊員食堂の「レンちゃん」こと三橋のかつての相棒だとわかった。
だが当の三橋は、彼は阿部隆也ではないと証言した。
図書隊では早々に調査に動いたらしい。
三橋の話では、阿部は実家で父親が経営する会社で働いているという。
調査担当の隊員が訪れたところ、三橋の証言が裏付けられた。
本物と思しき阿部隆也は実家におり、あの「タカヤ」とは別人だったそうだ。
もう何が何だかわからない!
郁はただただ混乱し、そして怒っていた。
結局あの「タカヤ」が、スパイだったのだ。
しかも回りくどいやり方をして「レンちゃん」まで巻き込んだ。
図書隊と特殊部隊はそういう結論になりつつあり、郁もそれを信じていた。
結局残ったのは、騙された怒りと本を奪われた怒りだけだ。
それからは課業後のランニングが、郁の日課になった。
ランニングウェアに着替えて、都著基地内の緑の中を1時間ほど走る。
走っている間は気が落ち着くし、夜も疲れて寝てしまえば余計なことを考えずに済むのだ。
だがこの日は独身寮を出たところで、足を止めた。
訓練場に見知った顔を見つけたからだ。
隊員食堂の「レンちゃん」こと三橋が、投球練習をしていた。
このためにわざわざ用意したらしいフェンスネット。
三橋は綺麗なフォームでボールを投げ込み、その都度ネットに貼られた的がパシッと乾いた音を立てた。
「すごい!カッコいい!」
郁は思わず声を上げ、拍手をする。
すると再び振りかぶろうとしていた三橋が「うぉ!」と驚き、腕を下ろした。
そして郁に気付くと「ウヒ」といつものあの独特の笑い声を立てた。
「み、みてた、んだ。」
「うん。勝手にゴメン。」
「べ。別に。それに、カッコ、よく、ないし」
「そんなことないよ!なんかもったいない!」
郁は勢い込んで、さらに「もったいないよ!」と叫んでいた。
野球には詳しくないけれど、三橋のフォームは本当に美しいと思う。
そもそも三橋は、甲子園出場経験を持つ野球選手。
食堂でフライパンを振っているときには忘れそうになるが、れっきとしたアスリートなのだ。
「あ!」
不意に閃いた郁は、三橋に「お願いがあるの!」と身を乗り出した。
三橋はその剣幕にやや引き気味になりながら、コテンと小首を傾げる。
その仕草は妙齢の男にしては、可愛らしい。
郁はそんなことを思いながら「企画に協力して!」とさらに詰め寄った。
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