第19話「混乱」

「覚えられない~!」
郁が思わず悲鳴を上げると、すかさず拳骨が落ちた。
最悪の抗争の始まりはそんなコミカルな雰囲気から始まったのだった。

武蔵野第一図書館の周りには、良化隊が展開していた。
検閲抗争の始まりだ。
郁はすばやく身支度を整え、堂上たちと合流した。
対象図書を地下に格納する。
それが機動力に優れた堂上班に与えられたミッションだ。

今回の対象図書は「新世相」を含む雑誌3種類だった。
いずれも良化隊には批判的なスタンスを取る本だ。
その中でここ数年の間に検閲対象にされた号が、今回ターゲットにされた本だ。
それぞれ10冊程度、つまり約30冊だ。

「雑誌ごとに割り当てる。笠原は『新世相』小牧は...」
堂上がテキパキと指示を出していく。
3種類の雑誌は、堂上、小牧、郁が、それぞれを回収するというシンプルな作戦だ。
ちなみに手塚は今回は狙撃手として、堂上班とは別行動だ。

郁は「了解!」と敬礼付きで返事をした後「あれ?」と首を傾げた。
そして堂上の手元にある書類を見て、ブツブツと読み上げる。
だがすぐに「覚えられない~!」と悲鳴を上げた。
地下に下ろすのは、検閲対象の10冊ほど。
その号を即座に覚えるのは、郁には不可能に近い。

「アホゥ!」
即座に堂上の拳骨が落とされた。
郁は「痛ぁ~い!」と悲鳴を上げながら、恨めし気に堂上を睨む。
すると小牧が「メモを取ればいいんじゃない?」と助け船を出した。
その声が震えているのは、笑いを堪えているからだ。
戦闘前の緊張感の中、堂上と郁のコミカルなやり取りが妙にツボにはまったらしい。

そして堂上班は図書館に飛び込んだ。
郁は「新世相」が格納されている書架へと走り出す。
雑誌だがジャンルが違うため、堂上と小牧とは方向が異なる。
短時間とはいえ、単独行動は危険。
さっさと集めて、合流しよう。
郁がメモを片手に書架から「新世相」を取り出した途端、背後に殺気を感じた。

「悪いね。笠原士長。」
聞き覚えのある声に振り向いた途端、郁は「あ!」と声を上げた。
なぜこの人がこんな場所で?
しかもどうして良化隊の戦闘服を着ている?
だが郁はそんな疑問を口に出すことはできなかった。
いきなり顔の前になにかをスプレーされたのだ。

「わぁぁっ!」
郁は悲鳴を上げると、目を押さえた。
激しく目が傷み、涙が溢れて止まらない。
それだけならいいか、視界がかすんで良く見えないのだ。
混乱しているうちに両腕を取られ、後手に手錠をかけられてしまった。

「そんなに強い薬品じゃないから、後で目をよく洗えば大丈夫。」
敵にそんな慰めのようなことを言われて、郁は「うるさい!」と怒鳴った。
このままでは本が奪われる。
だが今の郁には無線で救援を求めることしかできなかった。
1/5ページ