第18話「床屋訴訟」
「レンちゃん、具合悪い?」
郁が心配そうに聞いてくれる。
三橋は「だい、じょぶ、です!」と笑顔を作ると、気を引き締めた。
三橋はいつもの通り、隊員食堂で働いていた。
朝食の時間は終わり、そろそろ昼食の準備に取り掛かる。
三橋はテーブルを拭きながら、忘れ物などがないかと確認した。
そして厨房に戻ろうとしたところで、ふと足を止めた。
最近の三橋は実はテンションが下がっていた。
原因は2つある。
1つは、次の検閲抗争で阿部にミッションが与えられたこと。
そしてそれが終わった後、阿部は良化隊に戻ることになっていた。
基地内では阿部と三橋は、知らない他人として振る舞っている。
だけど顔を合わせるだけで、やはり嬉しいのだ。
それがなくなるのは寂しいし、心細い。
もう1つは、巷を騒がせている人気俳優、香坂大地の件だ。
彼は世相社から特集本を出す予定だったが、問題が起こった。
インタビューで答えた実家の仕事の「床屋」は違反語とされているのだ。
この言葉を避けようとする世相社と、そのまま掲載することを求める香坂は対立。
そしてついには法廷闘争に発展したのだ。
この件は未だに法廷闘争中だが、世の中の注目はかなり集まっている。
それはおそらく世相社の折口、そして知恵を授けた玄田の思惑通りだろう。
世論を味方に付け、違反語の適用外とする。
香坂の人気も相まって、成功する流れなのだと思う。
「いい、なぁ」
三橋は壁に向かって、そう呟いた。
足を止めたその場所には、香坂大地の映画のポスターが貼られている。
はっきり言って今回の顛末、羨ましいしずるいと思う。
香坂大地が好感度の高い人気俳優であること。
そして担当編集が折口であり、その結果図書隊が味方についたこと。
だから「床屋」という言葉の是非で、ここまで戦えるのだ。
三橋の母、尚江の本が有無を言わさず検閲対象だったのとは大違いだ。
だからこそ複雑なのだ。
この「床屋訴訟」で、阿部がここを去る日が延期されたのだ。
この件で世論が良化隊に批判的な今、検閲抗争は得策ではないと判断されたらしい。
母のことを思えば、香坂大地は憎らしい相手。
だが毎日阿部の顔を見られる日々がまだ続いているのは、悔しいけれど嬉しい。
「レンちゃん、具合悪い?」
ふと声をかけられ、三橋は「うぉ!」と声を上げた。
いつの間にか三橋の背後には、郁が立っていたのだ。
ポスターの前でぼんやりと立っている三橋を心配してくれているようだ。
「だい、じょぶ、です!」
三橋は慌てて笑顔を作ると、元気よく声を張った。
普段はこんな時間帯に隊員はいない。
だから完全に油断してしまっていた。
「あ、忘れ、物?ちっさい、タオル」
三橋は気を引き締めると、郁にそう聞いた。
確か席の1つに、可愛らしいタオルチーフが置き忘れられていた。
郁が「そうなの!ある?」と喜ぶのを見て、三橋は「ある、よ」と笑顔で答える。
こうして三橋は、何とかいつものペースに戻ることに成功したのだった。
郁が心配そうに聞いてくれる。
三橋は「だい、じょぶ、です!」と笑顔を作ると、気を引き締めた。
三橋はいつもの通り、隊員食堂で働いていた。
朝食の時間は終わり、そろそろ昼食の準備に取り掛かる。
三橋はテーブルを拭きながら、忘れ物などがないかと確認した。
そして厨房に戻ろうとしたところで、ふと足を止めた。
最近の三橋は実はテンションが下がっていた。
原因は2つある。
1つは、次の検閲抗争で阿部にミッションが与えられたこと。
そしてそれが終わった後、阿部は良化隊に戻ることになっていた。
基地内では阿部と三橋は、知らない他人として振る舞っている。
だけど顔を合わせるだけで、やはり嬉しいのだ。
それがなくなるのは寂しいし、心細い。
もう1つは、巷を騒がせている人気俳優、香坂大地の件だ。
彼は世相社から特集本を出す予定だったが、問題が起こった。
インタビューで答えた実家の仕事の「床屋」は違反語とされているのだ。
この言葉を避けようとする世相社と、そのまま掲載することを求める香坂は対立。
そしてついには法廷闘争に発展したのだ。
この件は未だに法廷闘争中だが、世の中の注目はかなり集まっている。
それはおそらく世相社の折口、そして知恵を授けた玄田の思惑通りだろう。
世論を味方に付け、違反語の適用外とする。
香坂の人気も相まって、成功する流れなのだと思う。
「いい、なぁ」
三橋は壁に向かって、そう呟いた。
足を止めたその場所には、香坂大地の映画のポスターが貼られている。
はっきり言って今回の顛末、羨ましいしずるいと思う。
香坂大地が好感度の高い人気俳優であること。
そして担当編集が折口であり、その結果図書隊が味方についたこと。
だから「床屋」という言葉の是非で、ここまで戦えるのだ。
三橋の母、尚江の本が有無を言わさず検閲対象だったのとは大違いだ。
だからこそ複雑なのだ。
この「床屋訴訟」で、阿部がここを去る日が延期されたのだ。
この件で世論が良化隊に批判的な今、検閲抗争は得策ではないと判断されたらしい。
母のことを思えば、香坂大地は憎らしい相手。
だが毎日阿部の顔を見られる日々がまだ続いているのは、悔しいけれど嬉しい。
「レンちゃん、具合悪い?」
ふと声をかけられ、三橋は「うぉ!」と声を上げた。
いつの間にか三橋の背後には、郁が立っていたのだ。
ポスターの前でぼんやりと立っている三橋を心配してくれているようだ。
「だい、じょぶ、です!」
三橋は慌てて笑顔を作ると、元気よく声を張った。
普段はこんな時間帯に隊員はいない。
だから完全に油断してしまっていた。
「あ、忘れ、物?ちっさい、タオル」
三橋は気を引き締めると、郁にそう聞いた。
確か席の1つに、可愛らしいタオルチーフが置き忘れられていた。
郁が「そうなの!ある?」と喜ぶのを見て、三橋は「ある、よ」と笑顔で答える。
こうして三橋は、何とかいつものペースに戻ることに成功したのだった。
1/5ページ