第17話「昇任試験」

「た、たいへん、です、ね。」
三橋は半ば引き気味にそう言った。
郁は思わず「そうなのぉぉ!」と声を上げ、堂上班の男3人は深いため息をついた。

年が明け、1月はあっという間に過ぎた。
そして2月、図書隊は昇任試験の話題で持ち切りだ。
受験する隊員は勉強に励み、そうでない隊員はサポートや応援。
隊員食堂では、食事をしながら図書手帳を開いている隊員の姿も増えてきた。

三橋はそんな彼らを見ながら「大変だなぁ」と思う。
通常の業務をこなしながら、受験勉強をするのはかなりきついだろう。
その点、良化隊はわかりやすい。
単に実績だけが評価されるからだ。
こなした検閲の数や奪った本の数、そして倒した敵の数。
そういうデータが数値化されており、ビジネスライクに査定される。

それでも今回の昇任試験は、三橋にとっても少々思い入れがあった。
なぜなら三橋と同じ年齢、つまり郁や手塚たちが初めて受験資格を得たからだ。
もしも図書隊に入っていたら、春から士長だったかな。
そんなことをぼんやりと考え、いや違うと首を振った。
母のことがなければ、三橋は絶対に図書隊に関わることなんかなかった。

「レンちゃん、きつねうどん、普通盛り」
相変わらず隊員食堂で忙しく働く三橋は、思わず手を止めた。
聞き覚えのある声の主が、聞き覚えのないことを言ったからだ。
そして思わず「具合、悪い?」と聞き返した。
あの郁がボリュームのある定食ではなく、きつねうどん。
しかも「大盛り」ではなく「普通盛り」なんて信じられない。

「具合は悪くないけど、頭が悪いから」
郁はいつになく弱々しい声で、そう答えた。
夕方の隊員食堂に現れたのは、堂上班4名プラス柴崎。
郁だけがまるで叱られた犬のように、眉が下がっている。
そしてそれ以外の4人からは、まるで戦闘前のようなオーラが見えた。

「このバカは満腹にすると、眠くなるから。」
「そうなのよ。これからこの鳥頭にいろいろ詰め込まなきゃいけないから。」
郁の頼もしい(?)同期、手塚と柴崎がディスりながら状況を説明してくれる。
なるほどこれから受験勉強だから、満腹にはできないということか。
三橋は思わず「た、たいへん、です、ね。」と、心からの感想を口にしていた。
どちらかと言えば三橋も勉強は苦手、つまり手塚や柴崎より郁に近いのである。

「そうなのぉぉ!」
郁は味方を見つけたとばかりに、すがるような目で三橋を見た。
すると堂上班の男3名+柴崎が盛大にため息をつく。
大変なのはこっちだと言いたいのだろう。

「が、頑張って、下さい!」
三橋は料理を受け取った彼らにそう声をかけた。
そして高校時代、チームメイトたちに勉強を見てもらったことを思い出す。
赤点が1つでもあったら試合には出られない。
だからギリギリだった三橋や田島、は試験前には必死に詰め込んだのだ。

オレもため息をつかれていたのかな。
三橋は今さらのように懐かしく、そして申し訳なく思う。
そして席につき、うどんをすすり始めた郁をチラリと見て「頑張れ」とエールを送った。
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