第16話「18.44」

「美味しそう!」
郁はメニューを見ながら、声を上げた。
そしてこんな時でも美味しい食事にありつける幸運に感謝した。

正化32年、年末。
図書館も年末年始の休館期間に入り、多くの隊員は帰省している。
だが郁は寮に残り、淡々とした日々を送っていた。
寮の自室を特に念入りに掃除した以外は、することもない。

今年は郁にとって試練の年だった。
昨年は入隊初年度、まだまだ「新人だから」という言い訳が効いた。
だがもうそれはできない。
特殊部隊隊員として頑張らねばと思っていた矢先の査問。
しかもその査問が週刊誌に載り、図書隊が糾弾されるというおまけまでついた。

さらにそれだけでは終わらなかった。
毬江が痴漢にあったことで行なわれた囮捜査。
変態野郎に身体を触られるのは、郁にとってはつらかった。
さらにそれがまた週刊誌に載ったのだ。
「図書隊の闇、第2弾」と称されたその記事は、郁の心を沈ませた。

そんな郁の気持ちを上げてくれるのは、隊員食堂の存在だ。
図書隊は検閲に備えて年中無休。
特に若い防衛員は正月に休みを取るなど、ほぼ無理な状態だ。
そして隊員食堂もまた、そういう隊員たちのために通常営業している。
もちろん正月休みをとっているスタッフもおり、人数は少ない。
だが客である隊員も少ないから、問題はなかった。

この日の郁の夕食は、何と鍋だった。
小さな土鍋に肉と野菜がどっさりと入っている。
まず入口でメニューを見て興奮した郁は、実際に出された料理を見て歓声を上げた。
隊員食堂でこんなメニューを味わえるとは、何という幸運だろう。

「ねぇ、これって儲けあるの?」
郁はグツグツと煮えている鍋をトレイに乗せてもらいながら、素朴な質問を口にした。
すると鍋を出してくれた三橋が「ウヒ」と笑う。
そして「残り、もの、だから」と実情をぶっちゃけた。
そう、食堂側からすれば、肉や野菜などの在庫処分なのだ。

「今年もお正月はおせちとお雑煮?」
「うん。あと、お、みそか、は」
「年越し蕎麦!」
「うん。そう、だよ!」

昨年も寮に残った郁は、隊員食堂で年越し蕎麦や正月料理が出てきたことに感動したのだ。
もちろんおせちなどは1人用の簡単なものだが、充分に季節感は味わえる。
食べることが大好きな郁にとっては、この上ない喜びだ。

「いつもありがとうね!レンちゃん!」
郁は上機嫌で、いつもより重いトレイを持って席に向かう。
背中越しに「こちら、こそ!」と軽やかな声が聞こえる。
郁はそれを心地よく聞きながら、空いている席についた。

年末、1人寂しい夕ご飯。
だが郁は笑顔で「いただきます!」と手を合わせた。
ハフハフとアツアツの美味しい鍋を食べれば、それだけで幸せな気分になれる。
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