第14話「密告者」

「これは本当なのか?」
堂上が眉間のしわを通常説教時より3割増で、詰め寄って来る。
郁はその迫力にビビりながら、渋々「はい」と頷いた。

手塚慧に呼び出され、程なくして郁の査問は終わった。
郁も特殊部隊の面々も、そのことに安堵している。
査問が終わったことで、劇的に何かが変わるものではない。
だが郁に対する嫌がらせの類は徐々に減っていき、冷たい視線も和らいでいく。
このまま日常が戻ればと考えていた時、事件は起こった。

それは1冊の週刊誌だった。
折口が編集を務める「新世相」とは違い、どちらかと言えば良化法寄りの本。
そこに「図書隊の闇」と称した特集記事が掲載された。
それは何と郁の査問に関するものだったのだ。

図書隠蔽を行なったある図書隊員が、関係ない女性隊員を共犯者に仕立てて無実の罪を着せた。
彼女は女性初の特殊部隊隊員という、目立つ立場。
ちなみに図書隊内には原則派、行政派という派閥がある。
彼女が所属する特殊部隊は原則派であり、行政派はこの「デマ」を派閥争いに利用した。
彼女は何か月も理不尽な査問にかけられた。

そんな風に事件そのものは単なる前置きとして、サラリと触れられていた。
問題はここから先、本編の方だ。
記事は郁に対する嫌がらせをいくつも列挙していた。
わざと聞こえるようにクスクス笑うとか、悪口を言うとか、彼女の持ち物を隠すとか。
それを大勢で寄ってたかって、陰湿なイジメを行なっていたと綴っていた。

問題なのは、そのイジメを行なっている隊員のことだ。
正化28年入隊、武蔵野第一図書館勤務の業務部員Sとか。
入隊5年目で、今年こそ特殊部隊入りと意気込んでいた防衛員Mとか。
実名こそ書いていないが、図書隊員の者なら誰だかわかるように説明されている。
また査問に立ち会った行政派幹部が「無実でも何でも締め上げて自白させろ」などと密談していたとか。
さらに過激な隊員たちが「訓練中の事故を装ってケガさせてやろう」と意気込んでいたとか。
そんな話がまことしやかに書かれていたのである。

そして郁は隊長室に呼び出された。
集まったのは玄田と緒形、堂上班の男3人、そして柴崎と郁だ。
まずは堂上が開口一番「これは本当なのか?」と件の週刊誌を示しながら、詰め寄って来る。
眉間のしわを通常説教時より3割増、郁はその迫力にビビりながら「はい」と頷いた。

「内輪の悪巧みの話はわかりませんけど、嫌がらせをしてきた人たちはほぼ合ってます。」
郁は渋々ため息まじりで、白状した。
記事に列挙された人物の顔を、すべて思い浮かべることができる。
ある者は蔑みの表情を浮かべ、またある者は冷笑を浮かべ、郁を詰って蔑んだ。
生活が完全に元に戻ったとしても、あのときのことは忘れられないだろう。

「図書隊として、この雑誌の出版元に問い合わせをしました。ネタ元は誰なんだと。」
おもむろに口を挟んだのは、柴崎だった。
記事に名前が挙がった隊員は、わかりやすく顔面蒼白で動揺している。
つまり自白しているようなものであり、郁の今の証言も含めて本当のことであると考えられる。

そうなると気になるのは、ネタ元だ。
この記事は図書隊に情報提供者がいなければ、絶対に書けない。
当然、それは誰なのかということになる。

「それで出版元は何だと?」
「腐りきった図書隊の現状に怒っている隊員からの密告だそうです。名前は明かせないと」
「ネタにされた隊員は自業自得だが、密告は見逃せないな。」
「ええ。今はそれが誰だか秘かに調査を進めています。」

玄田と柴崎の話をぼんやりと聞きながら、郁はため息をついていた。
むずかしいことはわからないけれど、これ以上事を荒立てたくない。
とにかく査問のことは忘れて、さっさと次に進みたいというのが郁の偽らざる本音だ。
だが郁の思いなどお構いなしに、まだまだ査問の余波は続いた。
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