第11話「スナイパー」

「6月の襲撃って良化隊の新隊員の実地訓練って聞いたことがあるけど、本当かな?」
郁は真面目な顔で、そんなことを言う。
それは図書隊の中ではまことしやかに語られる噂話の1つだった。

6月になり、新隊員たちは錬成期間を終えて配属されていった。
それを横目に見ながら、郁は気を引き締めていた。
もう「新人だから」などという言い訳は通用しない。
先輩として、しっかりがんばらなくてはならないと思う。

だがそんな郁の意気込みは、空回りに終わった。
特殊部隊に配属される隊員はいなかったのである。
新隊員だけではなく、同期や先輩隊員も。
かくして郁も手塚ももうしばらくは特殊部隊の末っ子だ。
ホッとしなかったと言えば、嘘になる。
だが後輩に指導している柴崎を館内で見かけると、ちょっと寂しい気持ちになったりする。

そんな郁のささやかな感傷は、無粋な大音量によって破られた。
検閲抗争を知らせる警報だ。
新隊員配属直後の初めての抗争。
館内を巡回警護していた郁は、堂上班の面々と共に走り出した。

装備を整えて集合したところで、役割が告げられる。
堂上班は対象図書を地下に格納した後、東側の戦闘配置に加わる。
だが状況に応じて、変更されても対応できるようにしておかなくてはならない。

「6月の襲撃って良化隊の新隊員の実地訓練って聞いたことがあるけど、本当かな?」
説明を聞き終えた郁はストレッチで身体を解しながら、そう言った。
すると小牧が「ありうるかもね」と笑った。
今回は開館時間中、1時間に区切った昼間の戦闘だ。
しかも対象図書はさほど注目作でもなく、万が一取られても再購入も可能。
つまり緊張感も重要度も低いのである。

「だからって気を抜くなよ。」
すかさず班長である堂上から注意を受け、郁は「はい!」と敬礼をした。
数メートル先には、戦闘配置につこうとする防衛員の姿がある。
真新しい戦闘服と、ぎこちない動き。
新入りの防衛員は、顔覚えの悪い郁でも簡単に見分けることができた。

「ところで今日、レンちゃんは」
手塚がふと思い出したように切り出した。
すると堂上が「今日は休みだそうだ」と答える。
もしかしてスパイかもしれないと容疑がかかっている隊員食堂の三橋はいない。
それならこの戦闘で機密漏えいが疑われることが起これば、疑いは晴れるのかもしれない。

「そろそろ時間だ。」
堂上の言葉に、郁は気を引き締めた。
とにかく気を抜かず、本を守る。
今の郁にできるのは、それしかなかった。
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