第10話「のらくろ」

「ふざけんな、オラァ!」
取調室に品のない怒声が響く。
だが郁はそれにも負けない音量で「ふざけてるのはそっち!」と怒鳴り返した。

図書館内に怪しい男がいる。
隊員食堂の「レンちゃん」こと三橋に教えられ、その男を確認した郁は驚いた。
その男は稲嶺司令と郁が誘拐されたあのときの犯人グループの1人だったのだ。
かくして男は連行され、取り調べを受けることになったのだが。

「知らねぇよ。人違いじゃねーの?」
男は当初、わざとらしくすっとぼけた。
自分はただの一般利用者、良化隊など知らないと。
だが所持品を検査したところ、そんな言い訳は通用しない事態になった。

男のスマートフォンには、図書館内の写真が何枚もあった。
館内は撮影禁止であるから、それだけで警告に値する。
だが問題は写真の内容だった。
館内の非常口や監視カメラなど、警備に関する写真がいくつも見つかったのだ。
さらに手帳には館内の見取り図や立ち番の防衛員の位置などもメモしてある。
しかも自分なりに侵入する際の効率的なルートや考察まで記されていた。
これでは言い逃れなど、出来ようもない。

「ふざけんな、オラァ!」
凄むしかなくなった男は、郁をにらみつけ威嚇する。
だが郁はそれにも負けない音量で「ふざけてるのはそっち!」と怒鳴り返した。
さらに「あたしにビンタしたあんたの顔は忘れない!」と威勢の良い啖呵を切る。
すると取調べに立ち会う隊員たちの顔色が変わった。

あの誘拐事件の後、解放された郁の頬は確かに腫れていた。
その犯人である男となれば、容赦などいらない。
特殊部隊の末っ子に手を上げた、その報いを受けるがいい。
かくして殺気立った特殊部隊の聴取を受けた男は、程なくして警察に引き渡された。

「これでレンちゃんの疑いは晴れたってことかな?」
男を締め上げて警察に引き渡した後、小牧は堂上に話を振った。
郁や手塚は事務所に戻し、取調室は片付けの名目で残った2人だけだ。
堂上は「そうなるが」と曖昧に頷いた。

スパイ容疑がかかった三橋だが、先日の捜索で盗聴器は見つからなかった。
それどころか良化法賛同団体の男を見つけて、知らせてきたのだ。
これはもう完全に「シロ」と考えるべきだとわかっている。
実際郁などは嬉々として「レンちゃん、スパイじゃないですね!」と笑っていた。

だが堂上も小牧もどうにも釈然としない思いが拭えなかった。
何だか三橋に有利に話が運び過ぎている気がする。
トントン拍子に上手く行き過ぎて、逆に違和感があるのだ。

「とりあえず警戒はし続けよう。」
「それしかないね。」
堂上の決断に、小牧も同意する。
実際それしかないのだ。
ただなんとなくでは、どうにもならない。
このまま警戒しながら様子を見るしかない。

「戻るぞ。」
2人は頷き合うと、取調室を出た。
さすがに戦闘職種の勘は鋭い。
だがその会話すら拾われているのに、気付くことはできなかった。
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